
牧師館の部屋で、メトロノームが鳴っている。父は竿を手に、二人の息子に拍子を数えさせる。竿は時計の10時から、2時まで。それより後ろへ倒してはいけない。一、二、三、四。
わが家では、宗教とフライフィッシングのあいだに、はっきりした線はなかった。年老いた兄ノーマンの声が、そう振り返る。
拍子を身につけた兄弟は、ビッグ・ブラックフット川へ下りていく。膝まで水に入ると、町の音が消える。瀬の音と、糸を繰り出すリールの音だけが残る。
やがて弟のポールは、兄よりも、父よりも美しく竿を振るようになる。その先で何が起きるのかは、映画に任せたい。
あの川べりに、一本持っていきたいワインがある。アルザスの花崗岩をくぐった水のような、よく冷えた白だ。

一杯の肖像
ベック・アルトヴェグは、十六世紀の初めから続くアルザスの蔵だ。いまはフロリアンとマチルドの夫婦が、十六代目として畑に立っている。
葡萄は、摘んだらすぐに搾る。果汁はステンレスのタンクで一晩休ませ、濁りを底に沈める。その上澄みを、百年以上使いつづけている大樽へ移す。
酵母は加えない。畑と蔵にもともといる酵母が、ゆっくり糖を食べていく。発酵が自然に終わるまで、ただ待つ。遅い年には、翌年の夏までかかることもある。亜硫酸は、甘口を除いて加えない。
このリースリングは、ダンバック・ラ・ヴィル村のピンク花崗岩の三つの区画から来ている。樹齢は三十年ほど。同じ土壌の区画は分けずに合わせ、土のキャラクターを出していきたいと、造り手は話す。
グラスに注ぐと、はっきりとした黄色。柑橘の香りの奥に、ほのかなペトロールがある。熟成したリースリングに出てくる、灯油に似た匂いだ。
口に含むと、最初に思うのは、水のようだ、ということだ。硬い石の味ではない。軟水を飲んだときのような、角のないミネラル。そのあとから、出汁に似たかすかな旨味がついてくる。
抜栓したばかりは、まだ固い。酸がきびきびと走り、瓶のなかに残っていた細かな泡が、ときどき舌先を刺す。一時間ほど置くと、その酸がふっくらしてくる。
飲み込んだあとは、長く引かない。さらりと消えて、口のなかが洗われたようになる。だから、次のひと口にすぐ手が伸びる。
2021年の葡萄で、アルコールは12%。

なぜ、リバー・ランズ・スルー・イットに Beck-Hartweg なのか
石をくぐった水は、軟らかい。
半分の長さで
父は、ノーマンの読み書きを自分で教えた。ノーマンが作文を書いて持っていくと、父は読み終えて、紙を返す。もう一度。半分の長さで。
短くして持っていくと、また半分に、と言われる。何度目かに、父はようやく、よし、と言う。そして、それを捨てなさい、と言う。
削って、削って、残ったものだけで書く。この家では、竿の振り方も、文章も、同じやり方で教えられた。
このリースリングにも、足したものがほとんどない。培養酵母も、亜硫酸も入っていない。一晩で澱を沈めた果汁を古い樽へ移したら、あとは待つだけだ。飲み込んだあとの、さらりと切れる短い余韻は、削り終えた文章の最後の一行に似ている。
急流を下る
少年の頃、兄弟は仲間とボートを盗み、チャイニーズ・ウォールと呼ばれる急流を下る。ボートは落ち込みを越えたところでひっくり返る。岸に這い上がったポールは、笑っている。
大人になっても、ポールは川に立つと、誰よりも美しく竿を振る。父の四拍子を守ったまま、その外側へ糸を伸ばしていく。
抜栓したばかりのこのワインにも、そういう勢いがある。摘まれてから五年経っても、まだ固く、よく動く。瓶に残った泡が舌を刺し、酸がまっすぐ走る。落ち着かせたいなら、一時間待てばいい。待たずに一杯だけ注げば、急流の冷たさがそのまま来る。
ひとつに溶け合う
やがて、すべてはひとつに溶け合い、そのなかを一本の川が流れる。映画の題は、原作のこの一節からとられている。
ダンバックの三つの区画の葡萄は、別々の瓶にはならない。同じ花崗岩の上で育ったものは、ひとつに合わされる。区画ごとの違いより、その下を通っている石のほうを、瓶に出したいのだという。
五百年、十六代の人が、同じ石の上に立ってきた。その石の上で、三つの畑がひとつの味になる。

ダンバック・ラ・ヴィルを旅する
ストラスブールから南へ、ヴォージュ山脈の裾を縫うワイン街道を下っていくと、ダンバック・ラ・ヴィルに着く。中世の城壁と門が、いまも村を囲んでいる。
村の背後の斜面は、ピンク色の花崗岩でできている。雨の翌日、畑の土はぬかるみ、畝のあいだから桃色の石が顔を出す。
花崗岩は、水に溶けにくい石だ。雨はその割れ目をくぐって地下へ沈み、また湧いて出てくるが、石の成分をあまり連れてこない。だから花崗岩の土地の水は、軟らかい。
痩せた岩の上で、葡萄の根は割れ目を探して深く伸びる。樹齢三十年の樹なら、その根はもう、ぬかるんだ表土のずっと下の、石のあいだに届いている。
グラスのなかで感じた、軟水のような舌ざわりは、この石の上で育った葡萄から来ている。

この映画の夜に
温度: 10℃前後。冷蔵庫でよく冷やしておき、映画を始める一時間前に抜栓する。まだ固いワインなので、空気に触れさせると酸がふっくらしてくる。泡が気になるときは、デキャンタかピッチャーに一度移すといい。瓶の底の澱は自然なもので、味には影響しない。
グラス: 白ワイン用の、中くらいのボウル。注いだら一度、明るいほうへかざして、黄色を見てほしい。
時間: 約123分。父がメトロノームを鳴らす冒頭から注ぐ。冷たさと固さが、いちばん残っている時間だ。東部の大学から戻ったノーマンが、ふたたび弟と川へ入る頃に、注ぎ足す。酸がふっくらして、旨味が出てくる。最後のひと口は、父と兄弟が三人そろって川へ出る日のためにとっておく。
食事: 鱒をバターで焼いて、レモンを搾る。季節なら、秋鮭でもいい。造り手は、牡蠣、柑橘のソースをかけた魚、蟹、そしてシェーヴルのような柔らかいチーズを勧めている。
翌日も: 抜栓後も、数日は楽しめる。一晩おいた二日目に、固さがどこまでほどけたかを確かめるのも、この一本の楽しみだ。
ヴィンテージ: 2021年、アルコール12%。
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夕暮れの川に、年老いたノーマンがひとりで立っている。
竿を振るリズムは、たぶん、いまも四拍子だ。
グラスの底に、軟らかい水が少しだけ残っている。
Film
リバー・ランズ・スルー・イット / A River Runs Through It 1992 / アメリカ / 約123分 / 日本公開 1993年9月4日 監督: ロバート・レッドフォード 脚本: リチャード・フリーデンバーグ 原作: ノーマン・マクリーン(1976・自伝的中編) 撮影: フィリップ・ルースロ(アカデミー撮影賞) 音楽: マーク・アイシャム 出演: ブラッド・ピット, クレイグ・シェイファー, トム・スケリット
配信 主要配信では見つかりません
2026年9月時点 · JustWatch
Wine
Beck-Hartweg / Riesling Dambach-la-Ville 2021 Riesling 100% / Alc. 12% ピンク花崗岩・樹齢約30年の3区画を合わせて 収穫後すぐに直接圧搾 / 一晩のデブルバージュ / 100年以上使う大樽で天然酵母発酵 SO2無添加 Dambach-la-Ville, Alsace, France





