アフターサン × リースリング
香りは金。口は、冷える。
幕間に一杯、
White — シュタイエルスカ

アフターサン
× リースリング

Aftersun, 2022 — シャーロット・ウェルズ
prologue
冬の卓。再生機のわきに、まだ閉じた小型テープが一つ置いてある
再生の前に、閉じたテープを一つ置いていた。

ビデオカメラの小さな画面に、父の顔が映っている。十一歳のソフィが、レンズ越しに聞く。十一歳のとき、三十一歳の自分は何をしてると思ってた?

父のカラムは少し笑って、答えをはぐらかす。それから、止めてくれ、と言う。画面が暗くなる。

トルコの海辺の、安いリゾート。離れて暮らす父と娘が過ごす、夏休みの数日だ。プールに飛び込み、泥風呂に浸かり、朝のバルコニーで太極拳の真似をする。テープのなかの父は、よく笑っている。

二十年後、そのテープを見返しているのは、あの夏の父と同じ年になったソフィだ。巻き戻し、止め、また再生する。

あの夏は、どこまでも金色だった。この映画の隣に、同じ金色の香りをもつ一本を置きたい。口に含むと、香りとは別の顔を見せるワインだ。


wine
リースリング / シュメニャック
リースリング / シュメニャック

一杯の肖像

スロベニアの北東、シュタイエルスカの急な斜面で、シュレチコ・シュメニャックは葡萄を育てている。肥料も除草剤も使わない。畝には草を生やしたままにして、雑草は手で抜き、自分でつくった堆肥を畑に返す。私の関心は畑にある、と彼は言う。

リースリングは手で摘み、果皮ごと四日間、蓋のない発酵槽に置く。酵母は畑と蔵にもともといるものに任せ、糖は足さない。スラヴォニアンオークの樽で十二ヶ月、ステンレスのタンクで六ヶ月休ませて、濾過せずに瓶に詰める。

果皮と過ごした四日間の分だけ、色がつく。グラスに注ぐと、ほんのり金色を帯びた麦わら色。澄んだ液体の底で、かすかな滓がゆれる。醸しの短い、淡いオレンジワインだ。

鼻を近づけると、杏とマーマレード、それに蜂蜜。夏の果物の甘い匂いがする。その奥に、少しオイリーな艶と、火打ち石のような気配が隠れている。

だから、甘いだろうと思って口に含む。すっきりしている。香りから想像したよりずっとまっすぐで、乾いている。厚みはたしかにあるのに、重くはない。ぎゅっと詰まった果実の力が、清らかなまま喉を通っていく。

目隠しで飲んだら、これをリースリングと当てる人は少ないだろう。品種の名札より、斜面の土と造り手の手つきのほうが、グラスに映っている。

この造り手のワインには、もうひとつ癖がある。開けてすぐより、日を置いたほうがまろやかになる。栓をして冷暗所に置けば、数日から一ヶ月かけて、ゆっくりほどけていく。

2021年の葡萄で、アルコールは12.5%。


pairing
夕方の部屋。開いた扉の向こうに椅子が一つ残り、窓は青い
夕方、扉の向こうに椅子が一つ残っていた。

なぜ、『アフターサン』に、リースリング 2021 なのか

甘いはずの一口が、まっすぐだった。

朝のバルコニー

朝、ホテルのバルコニーで、父がゆっくりと太極拳をしている。ソフィが横に並んで、同じ形を真似する。昼はプールで日に焼け、夜は並んで屋台の料理を食べる。払えそうにない値段の絨毯を、父はためらいながら買う。

十一歳の目に映る夏は、どの場面も明るい。テープに残ったのも、その明るさだ。

グラスに鼻を寄せたときの杏と蜂蜜は、あの夏の日差しに似ている。最初に届くのは、いつも甘くて、やさしい匂いだ。誰でも、まずその金色を信じる。

誕生日の歌

夕食の席で、ソフィはツアーの見知らぬ人たちを集め、父のために誕生日の歌を歌わせる。父は笑って、手を振ってみせる。

その夜、ホテルの部屋で、父はひとりベッドの端に座っている。カメラは背中しか映さない。肩が震えている。十一歳の娘は、その部屋にいない。

甘いと思って含んだこのワインは、口のなかで静かにまっすぐになる。蜜の匂いの奥に、凛とした芯がある。笑顔の下に何があったのかを、ソフィは二十年かけて知る。この一杯では、ひと口でそれが来る。

二十年後の再生

大人になったソフィは、同じテープを何度も巻き戻す。三十一歳の目で見ると、十一歳のときには見えなかったものが、画面の端に見えてくる。

果皮と過ごしたのは、たった四日間だ。それでも、その四日の色はずっと残る。父と過ごした夏も、ほんの数日だった。

そして、このワインは時間をおいて開いていく。一晩、数日、ひと月。同じ瓶から注いでも、見返すたびに違う顔になる。あのテープと同じように。


terroir
冬の急斜面。泥のついた靴が石の溝をまたぎ、低いブドウ樹が続く
斜面の端で、泥を踏んでいた。

急な斜面の畑を旅する

シュタイエルスカは、スロベニア北東の丘陵地帯だ。なだらかな丘がいくつも重なり、その斜面を葡萄の畝が縫っている。

シュメニャックの畑は14ヘクタール。粘土を含んだ斜面は急で、機械が入りにくい。だから、たいていの仕事は人の手で進む。

もしこの畑を訪れたら、まず靴が泥に沈む。畝のあいだには草が生え、低い樹が斜面を上へ続いている。冬なら、剪定を終えた枝が、灰色の空に細く伸びているはずだ。

グラスの金色の下にあるのは、この斜面の土と、毎年同じ畝を歩く人の手だ。派手なところはない。けれど、飲み込んだあとに残る芯の強さは、たぶんここから来ている。


how to drink
食後の卓。引かれた椅子の向こうで、空のグラスを下げる手
食後、空のグラスを一脚下げていた。

この映画の夜に

温度: 12〜14℃。冷蔵庫から出して、映画を始める三十分前に抜栓する。冷やしすぎると香りばかりが立ち、口の厚みが隠れてしまう。グラスのなかで少しずつ温まるにつれて、果実の力が出てくる。

グラス: 白ワイン用の、少し大きめのボウル。注いだら一度、明るいほうへかざして、麦わら色と、底にゆれる滓を見てほしい。滓は自然なもので、味を損なうものではない。

時間: 約101分。二人がリゾートに着いてプールへ向かう頃に注ぐ。香りの金色が、画面の日差しといっしょに来る。誕生日の歌のあたりから、注ぎ足す。口のまっすぐさが、夜の部屋によく合う。

残りの一杯: 瓶に三分の一ほど残して、栓をしておく。15℃以下の冷暗所に置き、数日後の夜に注ぐ。開けた夜より、まろやかになっているはずだ。あの夏のテープを、何年もたって見返すように。

食事: 鶏肉や白身魚をハーブとレモンで焼き、ヨーグルトのソースを添える。香りの杏と、ヨーグルトの酸がよく響き合う。干し杏をつまみながらでもいい。

ヴィンテージ: 2021年、アルコール12.5%。


epilogue

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空港で、父はビデオカメラを構えたまま、手を振っている。

画面のむこうで、娘の背中が遠ざかる。

グラスの底に、金色が少しだけ残っている。


Film

アフターサン / Aftersun 2022 / イギリス・アメリカ / 101分 / 日本公開 2023年5月26日 監督・脚本: シャーロット・ウェルズ 撮影: グレゴリー・オーク 編集: ブレア・マクレンドン 美術: ビルール・トゥラン 音楽: オリヴァー・コーツ 出演: ポール・メスカル, フランキー・コリオ, セリア・ロールソン=ホール ほか

Wine

Sumenjak / リースリング 2021 Riesling 100% / Alc. 12.5% 手摘み / 開放槽で果皮ごと4日間 / 天然酵母・補糖なし スラヴォニアンオーク樽(新樽20〜30%)で12ヶ月、ステンレスタンクで6ヶ月 / 無濾過 Štajerska, Podravje, Slovenija

この一本を、手に取る

リースリング

シュメニャック

Region
シュタイエルスカ
Grape
Riesling
Type
white

Riesling

残りわずか

表示価格は税込

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この一杯に近い幕


Film

Aftersun

2022 / GB / Dir. シャーロット・ウェルズ

Wine

シュメニャック / リースリング

Riesling

シュタイエルスカ

¥4,730