
がらんとした場内で、神父がひとりで試写を観ている。スクリーンで男と女の顔が近づくと、神父は手もとの鐘を鳴らす。そのたびに映写室のアルフレードは、フィルムに紙切れを挟んでいく。
村の上映では、その場面だけが消えている。いいところで絵が飛び、客席から野次が飛ぶ。二十年も通っているのに、キスをひとつも観たことがない、と。
映写室の床には、切り取られた短いフィルムが溜まっていく。少年トトは、それが欲しくてたまらない。けれど切れ端は、少年の手には渡らなかった。映写室にしまわれたまま、長い年月が過ぎていく。
切ったものを、捨てずにとっておく。この映画の芯にあるのは、たぶんその手つきだ。
あの映写室の机に、一本置きたいワインがある。映画が撮られた村のすぐそばで、何も濾さずに瓶へ詰められた、琥珀色の白だ。

一杯の肖像
ガエターノ・ガルガーノは、人生の大半を、ローマで銀行員として過ごした。
ある日、彼は机を離れ、シチリア中央部のビヴォーナへ戻った。母方の一族が二百年以上持ちつづけてきた土地だ。麦と豆を育てていたその畑に、ウンブリアの造り手ジャンピエロ・ベーアの助けを借りて、ふたたび葡萄を植えた。土着の品種だけを選び、樹齢百年のオリーヴの手入れも再開した。
蔵の名 Il Censo(イル・チェンソ)は、封建の時代に小作が地主へ納めた「年貢」から来ている。
この一本の名 Praruar(プラルアール)は、一帯に今も残るアルバレシュの言葉で「金色」を意味する。五百年あまり前にバルカン半島から渡ってきた人々の言葉で、映画の撮影村パラッツォ・アドリアーノも、その言葉が残る村のひとつだ。
品種はカタラット一種。手で摘んだ葡萄を、皮ごと三週間ほど漬け込む。酵母は畑と蔵にいるものにまかせ、温度も管理しない。濾さず、澄まさず、硫黄もほとんど足さない。
グラスに注ぐと、濃い琥珀。白葡萄からできているのに、紅茶のような色をしている。
最初に届くのは、オレンジの皮と干した杏の香り。キャラメルのような甘い匂いもする。けれど口に含むと、思ったより乾いている。甘いのは香りのほうで、舌の上には、皮ごと漬けた葡萄の細かな渋みと、塩に似たミネラルが広がる。
十分ほど置くと、胡桃とフェンネルが出てくる。飲み込んだあとに、濃く淹れた紅茶のようなほろ苦さが、長く残る。えぐい苦さではない。柑橘の皮をかじったときの、あの苦さに近い。
2020年の葡萄だ。摘まれてから六年が経ち、角はもう取れている。

なぜ、ニュー・シネマ・パラダイスに Praruar なのか
切り落とさずに、とっておく。
切り落とさずに
神父の鐘が鳴るたびに、アルフレードはフィルムを切った。それが村の映写技師の仕事だったからだ。けれど、切ったものを、彼は捨てなかった。
その切れ端がどうなったのかは、三十年あとになって、ローマで暮らすサルヴァトーレのもとに届く。観た人は知っている。まだの人のために、ここには書かない。
Praruar の造りは、アルフレードのはさみとは反対を向いている。濾過も清澄もしない。皮も澱も、葡萄についてきたものを切り落とさずに、瓶へ残す。だから色は濃く、少し濁り、グラスの底に細かなものが沈むこともある。
すっきりとはしていない。その代わり、全部が入っている。
ローマを出て、還る
アルフレードは青年トトに言う。村を出ろ、振り返るな、帰ってくるな。サルヴァトーレはローマで映画監督になり、三十年、本当に一度も帰らない。
帰るのは、アルフレードの葬儀のためだ。玄関の呼び鈴が鳴ると、母は編みかけの毛糸を置いて立ち上がる。床に落ちた編み物が、ほどけながら後ろへ伸びていく。息子の部屋は、出ていったときのまま残されていた。
ガルガーノもまた、ローマを出て戻った男だ。銀行の机を離れ、一族の土地へ。映画が撮られた村と、同じ山並みのなかへ。
甘くて、苦い
アルフレードは少年に、昔話をひとつ聞かせる。王女に恋した兵士が、窓の下で百日待つと約束する。けれど九十九日目の夜、兵士は立ち上がって去っていく。なぜ去ったのかは、アルフレードにもわからない。
やがて青年になったトトも、銀行家の娘エレナの窓の下で、毎晩待つようになる。
初恋も、村の夏も、帰らなかった三十年も、甘いところと苦いところが、同じひとつの記憶に入っている。
Praruar も、香りは甘く、飲み込んだあとは苦い。どちらか片方だけなら、この映画の隣には置けなかった。

パラッツォ・アドリアーノを旅する
パレルモから南へ、山あいの道を上っていくと、パラッツォ・アドリアーノの村に着く。
村の真ん中に、石畳の広場がある。教会と、噴水。映画のパラダイス座は、この広場に建てられた。
映画のなかで、客が入りきれなかった夜、アルフレードは映写機の向きを変え、広場に面した家の壁に映画を映す。締め出された人たちが石畳に立ったまま壁を見上げ、広場じゅうが客席になる。
イル・チェンソの畑は、この村から少し離れたビヴォーナの、起伏のある火山性の高台にある。夏は乾いて暑いが、標高があるぶん、夜は冷える。その寒暖が、カタラットに酸を残す。
畑の端にはオリーヴが並ぶ。秋になると、摘んだ房を木箱に移し、蔵へ運ぶ。映画の広場から、この畑までは、同じ山並みのなかにある。

この映画の夜に
温度: 12〜15℃。冷やしすぎると苦みだけが立ち、甘い香りが閉じてしまう。上映の三十分前に冷蔵庫から出して、テーブルに置いておく。
グラス: 大きめのボウル。注いだら一度、明るいほうへかざして、色を見てほしい。
どちらの版で: 初めてなら、約123分のインターナショナル版。観たことがあるなら、大人になったエレナとの再会まで描く173分の完全版で、一本をゆっくり。
時間: 冒頭から注ぐ。神父が鐘を鳴らす頃には最初の冷たさがとれて、オレンジの皮の香りが出てくる。トトが窓の下で待つ頃に、注ぎ足す。胡桃と紅茶のほろ苦さが、いちばん濃くなる時間だ。最後のひと口は、ローマの試写室の場面のためにとっておく。
食事: シチリアの料理なら、カポナータ。揚げた茄子を甘酢で煮た、甘くて酸っぱい一皿が、このワインの甘い香りとほろ苦さを、両方受けとめる。なければ、焼いたアーモンド、オレンジの皮をきかせたオリーヴ、熟成したペコリーノ。
ヴィンテージ: 2020年、アルコール13.5%。
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ローマの試写室で、サルヴァトーレはひとり、客席に座っている。
明かりが落ち、後ろで映写機が回りはじめる。
グラスの底に、濾されなかった琥珀が、少しだけ残っている。
Film
ニュー・シネマ・パラダイス / Nuovo Cinema Paradiso (Cinema Paradiso) 1988 / イタリア・フランス / 日本公開 1989年 上映時間: インターナショナル版 約123分 / 完全オリジナル版 173分 監督・脚本: ジュゼッペ・トルナトーレ 撮影: ブラスコ・ジュラート 音楽: エンニオ・モリコーネ(愛のテーマ: アンドレア・モリコーネ) 出演: フィリップ・ノワレ, サルヴァトーレ・カシオ, ジャック・ペラン 受賞: 1989年カンヌ審査員特別グランプリ / 1990年アカデミー外国語映画賞 ロケ地: パラッツォ・アドリアーノ, チェファル(シチリア)
配信
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2026年9月時点 · JustWatch
Wine
Il Censo / Praruar 2020 Catarratto 100% / Alc. 13.5% 果皮浸漬 約3週間 / 野生酵母 / 温度管理なし / 無濾過・無清澄・SO2最少 / 有機 Bivona(パラッツォ・アドリアーノ近郊), Sicilia, Italia





