
よく晴れた、穏やかな秋の日。題の「日和」は、そういう日を指す。映画のなかの秋も、まだ冷え込む前にある。
小津安二郎の『秋日和』は、食卓の映画だ。郊外のアパート、会社、バー、寿司屋。食事や世間話、部屋を横切る人の動きが、物語の筋と同じ重さで撮られている。娘の縁談のような大事な話は、多くが画面の外で進み、あとから誰かの口で語られる。
厚田雄春のカメラは低い位置から、色を抑えた部屋を写す。斎藤高順の音楽は、始まりと終わりに、同じ穏やかさで鳴る。ラストで母が見せる表情は、はっきりとは映らない。微笑んでいるのか、泣いているのか、映画は決めない。
夫を亡くした母と、嫁いでいく娘。話そのものは重い。けれど映画は、それを軽く運ぶ。合わせるなら、重くない赤がいい。開けたら、その夜のうちに飲みきる一本を。

一杯の肖像
シリル・ヴュイヨは、飲むほうからワインの世界に入った人だ。ボージョレで収穫を手伝ったのをきっかけに、そのまま土地に残った。ジャン=クロード・ラパリュの蔵でほぼ三年を過ごしたあと、ブルイィの丘の縁、ヴォー=アン=ボージョレに自分の蔵を持つ。畑は5ヘクタールに満たない。
Tisane de Bois Tordu 2021 は、ガメイ100%。ブドウを房ごと炭酸ガスのなかに置く炭酸マセレーションを九日間かけ、古い樽で六ヶ月寝かせた。シリルのワインを初めて飲むなら、まずこの一本、と勧める店もある。彼の赤の、入り口にあたるキュヴェだ。
注ぐと、ルビー色。香りも味も、最初に来るのは赤い果実とカシスだ。そのあとに酸がはっきりと続き、口のなかを引き締める。重さで押すのではなく、果実と酸で立つ赤だ。
開けてから長く置くほど良くなる、というタイプではない。空気に触れる時間が長くなると、果実が落ちていく。少し冷やして、開けた夜のうちに飲みきりたい。

なぜ、秋日和に、Tisane de Bois Tordu 2021 なのか
話は外で済む。杯は、今夜。
色と色
『秋日和』の画面は、色が抑えられている。厚田のカメラが写す秋は、茶色と、褪せた緑が中心だ。はっきりした赤や青は、看板や食器や衣服にだけ差していて、どれも画面の主役にはならない。
このワインも、ルビー色の赤だ。グラスを卓に置いても、料理を押しのけない。映画のなかの赤と同じように、食卓の小さな色のひとつとして収まる。
感覚と感覚
映画が扱うのは、夫を亡くした母と、嫁ぐ娘の話だ。重くなりうる題材を、小津は軽く運ぶ。亡き夫の友人三人は冗談まじりに縁談を世話し、早合点して騒ぎを大きくする。そのあいだも、母と娘の言葉は短く、穏やかなままだ。
このワインも、重さではなく軽さで立つ赤だ。口に含むと、まず赤い果実とカシスが来て、そのあとを酸が引き締める。軽いが、水っぽくはない。果実と酸がはっきりしているからだ。
飲む温度も、題に重なる。このワインは12〜14度、冷蔵庫から出したての冷たさより少し高い温度で飲む。ひんやりとはするが、冷たくはない。晴れた秋の、朝の空気くらいの温度だ。
重い話を、軽く運ぶ映画。
物語と物語
アヤ子が縁談をためらうのは、母をひとりにしたくないからだ。母と娘の二人暮らしは、娘が嫁ぐ日までと決まっている。伊香保への旅は、二人で出かける最後の旅になる。式を終えた夜、母はひとりでアパートに戻る。
このワインにも、終わりがある。日を置いて楽しむ赤ではなく、空気に長く触れると果実が落ちていく。開けたら、その夜のうちに飲みきるのがいい。
母と娘の暮らしは、婚礼の日まで。この赤は、開けた夜まで。どちらも、終わる前のひとときを味わうためにある。

ヴォー=アン=ボージョレを旅する
ヴォー=アン=ボージョレは、ブルイィの丘の縁にある村だ。もしここの畑を歩いたら、最初に目に入るのは足元の砂だろう。ピンク色の花崗岩が砕けてできた砂で、そこに粘土と燧石が混ざる。
雨が降ると、すぐに水が抜ける区画と、水をためこむ区画がある。シリルの畑は、小さな区画がパッチワークのように散らばっている。区画が変われば、ワインの味わいも変わる。彼はキュヴェごとに仕込みを変える造り手でもある。
Tisane de Bois Tordu 2021 では、その砂の上で育ったガメイを、九日間の炭酸マセレーションで仕込む。この方法は渋みを抑え、赤い果実の香りを前に出す。古い樽での六ヶ月は、木の香りをつけるためではなく、ワインを落ち着かせるための時間だ。

この映画の夜に
温度: 12〜14度。常温の瓶なら、冷蔵庫に三十分ほど入れるとちょうどいい。冷やしすぎると果実の香りが引っ込むので、入れっぱなしにしない。
グラス: 小ぶりのもので十分。大きなボウルで空気に触れさせるほど、果実は早く落ちる。
食事: 立ち飲みの夜、寿司でも麺でも、脂の少ない焼きもの。甘いデザートの前に、一本を終える。
タイミング: 食事の前に開けて、最初のひと口は料理より先に。瓶は、その夜のうちに空ける。
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式を終えた夜、秋子はひとりでアパートに戻る。
朝まで娘がいた部屋だ。
赤は、今夜までだ。
Film
秋日和 / Late Autumn 1960 / 日本 / 128分(日本公開 1960-11-13) 監督: 小津安二郎 脚色: 野田高梧, 小津安二郎 原作: 里見弴 撮影: 厚田雄春 音楽: 斎藤高順 出演: 原節子, 司葉子, 岡田茉莉子, 佐田啓二, 佐分利信, 中村伸郎, 北竜二, 笠智衆
配信
見放題 Hulu / U-NEXT / FOD Channel Amazon Channel / Plus Shochiku Amazon Channel ほか
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2026年9月時点 · JustWatch
Wine
Cyrille Vuillod / Tisane de Bois Tordu 2021 ガメイ 100% 炭酸マセレーション9日、古樽6ヶ月 Vaux-en-Beaujolais, Beaujolais





