
りんごを一個、切る。
九月の早いりんごは、まだ少し青くて、包丁を入れると硬い音がする。切り口に、すぐ水が浮く。
瓶を冷蔵庫から出して、栓を抜く。注ぐと、明るい、透けるような赤。鼻を近づけると、いま切ったばかりのりんごと、同じ方向の匂いがする。酸っぱくて、甘くて、皮の匂いが少し混じる。
再生すると、白い霧が畑を流れていく。
霧ではない。農薬だ。春のリンゴ園は、何度もこの白いものに包まれる。
霧が晴れたあと、畑の端に、美栄子がしゃがみこんでいる。手の甲が赤く腫れている。顔にも、首にも。父親の征治は、それが百姓の運命だと言う。この家では、ずっとそうしてきた。
秋則は、その手を見ている。
婿に来た男だ。東京で勤め人をしていて、農業のことは何も知らなかった。子どものころから、機械を見ると分解せずにいられない性分だった。だから、こう考える。なぜ、この手が荒れなければならないのか。薬を撒かなければ、リンゴは本当に実らないのか。
誰かのために、何かをやめたことがあるだろうか。やめたあとで、それがどれほど長い道になるか、始める前には分からなかったことが。
グラスの中は、まだ冷たくて、りんごの匂いがしている。

一杯の肖像
冷えているうちは、果物の顔をしている。野の木いちご、酸っぱいさくらんぼ、皮ごと齧ったりんごの酸。軽くて、するすると喉を通る。
少し温まると、果物の後ろから、別の匂いが上がってくる。摘んだばかりの苦い草。木の皮。雨のあとの、湿った土。
底へ近づくと、味が深くなる。出汁のような旨みが舌に残り、軽いはずのワインに、思ったより太い骨があったことに気づく。
足したものは何もない。はじめから一本の中にいたものが、待つほど順番に出てくる。
この深さには理由がある。クリスチャン・デュクリューは、ガメイを房のままセメントの槽で醸し、1870年代の古い圧搾機にかける。最初に流れ出る果汁、一度目に搾った果汁、最後に搾った果汁を分けて、三つのワインにする。「プロローグ」「エクスペクタティア」、そして「パシアンス」。
パシアンスは、最後の果汁だ。いちばん長く皮と種のそばにいて、いちばん最後にやってくる。古い樽で一年ほど休ませ、何も足さずに瓶に詰める。
名前はフランス語で、忍耐という意味だ。

なぜ、奇跡のリンゴにパシアンスなのか
待った者の鼻にだけ、土の匂いが届く。
冷たいうちに
秋則は、本を読みはじめる。
本屋で棚の本をまとめて落とし、引っ込みがつかなくなって、全部抱えて帰ってくる。その中に、農薬を使わない農業の本が混じっている。阿部サダヲの秋則は、こういうとき本当に可笑しい。真剣な顔のまま、少しずつ間が悪い。
秋則は、畑を一枚だけ薬なしにさせてほしいと頼む。それから、全部の畑を、と。
征治は反対しない。農協の寄り合いで、婿のやることを自分の口から伝える。その夜、戦地の話をする。薬も肥料もない土地で、兵隊たちが食べるための畑を作ったこと。やるなら、戦に行くつもりでやれ、と。
秋則は、酢を薄める。わさびを溶かす。玉ねぎを煮出す。薬の代わりになるものを片端から試し、ノートに書きつける。
このあたりで、グラスを口に運んでほしい。冷たいまま。木いちごとさくらんぼ、りんごの酸。明るくて、軽い。何かが始まるときの、まだ何も知らない味だ。
温まってくる
畑は、虫に呑まれる。
葉が落ち、樹が弱る。秋則と美栄子と征治は、夜明けから日が暮れるまで、指で虫をつまんで取る。取っても、翌朝にはまた同じだけいる。
一年目に実らない。二年目も、三年目も。車が消え、家の中のものが消える。回覧板が、この家だけ飛ばされるようになる。美栄子は、自分の弁当を少しだけ減らして、夫の分に詰める。
長女の雛子が、友だちから消しゴムをもらう。雛子はそれを三つに切って、妹たちに分ける。
秋則は、夜になると畑に行く。一本一本の樹の前に立って、頭を下げ、話しかける。実らなくていいから、枯れないでくれ、と。隣の畑の持ち主には、うちの虫が迷惑をかけてすまない、と頭を下げる。税金が払えなくなり、畑を手放す書類に震える手で名前を書く。役場の男は、かまど消し、と言う。
このころ、グラスも温まってくる。ひと口ふくむと、果物の後ろから、苦い草と木の皮の匂いが上がってくる。湿った土が、うっすら混ざりはじめる。同じ一杯なのに、さっきより重い。冷たいうちには隠れていたものだ。
底のほう
秋則は、ロープを持って岩木山に登る。
夜の山は暗い。枝にロープを投げる。手からすべって、斜面の下へ飛んでいく。
拾いに下りた先に、一本のくるみの樹がある。
誰も薬を撒いていない。誰も手入れをしていない。周りには虫がいくらでもいる。なのに、葉は青く、樹は健やかに立っている。
秋則は、その根元にしゃがむ。落ち葉をどける。その下に、何年分もの落ち葉と草が朽ちて重なった、黒くて柔らかい土がある。指を入れると、温かい。秋則はそれを掴んで、匂いを嗅ぎ、口に含む。
答えは、樹の上ではなく、足もとにあった。
夜通し探していた美栄子が、山で秋則を見つける。手には、雛子が学校で書いた作文がある。お父さんのリンゴを、わたしはまだ食べたことがない。でも、いつか家族で食べたい。そう書いてある。
山を下りた秋則は、畑の草を刈るのをやめる。大豆を播く。畑は、山のようにだらしなく、やかましくなっていく。
そして、ある春の朝、枝に白いものがついている。
秋則は走る。美栄子と娘たちを連れて、一本一本の樹に、ありがとう、と頭を下げて回る。
秋になると、枝に小さな赤い実がなる。美栄子がひとつ齧って、笑う。
グラスに残しておいたひと口を、ここで飲む。すっかり温まって、果物はもう前に出てこない。そのかわり、湿った土と、出汁のような旨みが、舌の上にゆっくり広がる。秋則が山で掴んだのと、同じ方向の匂いだ。
軽い赤なら、ほかにいくらでもある。ボジョレーのガメイで、もっと手に取りやすい一本もある。それでもこの一本をこの映画の隣に置くのは、開けたてのりんごの匂いが、待つほどに、土の匂いへ降りていくからだ。三つに分けた果汁の、いちばん最後の分だからだ。二時間のあいだ、グラスは飲む人に、秋則と同じ順番で待つことを求める。

ランティニエを歩く
雨のあと、畑の土は薄い桃色をしている。
花崗岩が崩れた、粗い砂だ。靴の底で、しゃりっと鳴る。ボジョレーのクリュのひとつ、レニエの丘のすぐ隣。ランティニエ村の、トゥーロンという小さな集落に、クリスチャン・デュクリューの畑がある。
畝のあいだに、馬の蹄の跡が残っている。
ここでは、土を耕すのは馬だ。二頭の馬が草を食み、糞を落とし、収穫の日には籠を運ぶ。ブドウの列のあいだには、果樹と生垣が立ち、穀物が播かれている。周りの畑がきれいな縞模様を描くなかで、ここだけが少しだらしなく、やかましい。鳥の声がして、虫が飛ぶ。雑草だらけの秋則の畑が、隣の人たちにそう見えたように。
1980年に有機の認証を取り、1985年にビオディナミへ移った。周りの畑がまだ除草剤の効き目を喜んでいたころだ。樹の病気には、銅と硫黄を最小限に使い、そのぶん草を煎じた液で樹の体を支える。酢やわさびを試していた秋則の、あの台所の実験を思い出す。
ブドウの樹は、古いもので樹齢九十年になる。桃色の砂に、深く根を下ろしている。
小屋の戸口には、馬具と剪定鋏がかかっている。その向こうで、雨上がりの畑が光っている。

この映画の夜に
秋の夕方が似合う映画だ。
観はじめる少し前に、瓶を冷蔵庫から出す。手にひんやりするくらい、14℃前後で栓を抜く。グラスは台所にあるもので構わない。少しずつ注ぎ、冷やし直さずに、部屋の温度で温まっていくのに任せる。
食卓には、切ったりんごとカマンベール。塩むすび。鶏の照り焼き。気取らない食卓ほど、このワインの旨みはよく働く。
家族がいるなら、家族と観たい。秋則が本屋で本を落とすところで、たぶん誰かが笑う。
虫を取る夜が続くころ、グラスは温まって、土の匂いがしはじめる。
ひと口だけは、白い花のために残しておく。
観終わったら、りんごをもう一個切る。誰かの手が育てたものを、ゆっくり齧る時間まで含めて、このペアリングだと思う。
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白い花は、ある朝いっせいに咲く。
でも本当は、咲くまでの十年のあいだ、土の中でずっと準備をしていた。
グラスの底に残った、最後のひと口を飲む。土の匂いがする。
Film
奇跡のリンゴ / Miracle Apples 2013 / Japan / 129分 監督: 中村義洋 出演: 阿部サダヲ, 菅野美穂, 山崎努 原作: 石川拓治『奇跡のリンゴ―「絶対不可能」を覆した農家 木村秋則の記録』
配信
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2026年9月時点 · JustWatch
Wine
Christian Ducroux / Patience 2020 Gamay 100% 全房発酵(セメント槽)/ 1870年代の圧搾機で最後に搾った果汁 / 古樽で約1年 有機認証1980年・ビオディナミ1985年 / 瓶詰めまで無添加 Lantignié, Beaujolais, France



