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水始涸の便り

色が深く、夜が早くなる。余韻は長く残り、ワインは少しずつ温めたくなる。

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お酒は20歳になってから。飲酒運転は法律で禁止されています。

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水始涸秋分
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タンポポ × フォークス・アンド・ナイヴス ホワイト
愛情を込めて、ひと口。

With affection, the first sip.

タンポポ

幕間に一杯、
White — モラヴィア

タンポポ
× フォークス・アンド・ナイヴス ホワイト

Tampopo, 1985 — 伊丹十三
prologue
湯気と手ブレの向こうで、丼の端とチャーシューに触れる箸が見えるラーメン店
まず、チャーシューに愛情を込めて触れる

雨の晩。タンクローリーの運転席で、若いガンが本を読み上げている。ラーメンの正しい食べ方、という本だ。

老師は言う。まず、丼全体を眺めなさい。スープの表面にきらめく脂の粒。支那竹の艶。ゆっくり沈んでいく海苔と、浮かんだねぎ。それから、チャーシューに箸先で触れる。愛情を込めて。そして心のなかで、あとでね、と語りかける。

ハンドルを握るゴローの腹が鳴る。二人はたまらず、道端の小さなラーメン屋の暖簾をくぐる。夫を亡くしたタンポポが、幼い息子と守っている、客のまばらな店だ。

ゴローは一杯をすすり、黙る。まずくはない。けれど、うまくもない。やがて彼は正直に告げる。この店のラーメンは、どこもかしこも足りない、と。

誰にでも、忘れられない一杯がある。終電を逃した夜、湯気で眼鏡が曇った一杯。部活の帰りに、父親の隣ですすった一杯。うまかったかどうかより先に、体が覚えている一杯。

伊丹十三の『タンポポ』は、そういう一杯を、ひとりの女が本気でつくりあげるまでの話だ。

冷蔵庫から、瓶を出す。今夜は老師にならって、眺めるところから始める。


wine
Forks and Knives White 2020 / ミラン・ネスタレッツ
Forks and Knives White 2020 / ミラン・ネスタレッツ

一杯の肖像

まず、眺める。

色は淡いレモンイエロー。灯にかざすと、奥にうっすら金色がのぞく。濾過をしていないから、わずかに濁っている。磨きあげた透明ではない。手をかけすぎていないものの、やわらかな曇りだ。

次に、香りを嗅ぐ。開けたては、青りんごとレモンが先に来る。台所で切ったばかりの果物のような、まっすぐな匂いだ。グラスを軽くまわして少し置くと、洋なし、白桃と、香りがふくらんでいく。その奥に、白胡椒とハーブ。ほんのかすかに、白い花。

そして、ひと口。

冷たくて、ジューシーだ。生き生きとした酸が、口のなかに一本、背骨を通す。飲み込むと、後半に果実がひろがり、ほのかな苦みと塩気が残る。余韻はきれいで、ドライ。

重くはない。けれど、水っぽくもない。手を加えすぎない白らしい旨みと、舌にうっすら乗る厚みがあって、気づくとグラスが空いている。するする飲める、という言い方がいちばん近い。

造り手は、チェコ・南モラヴィアのミラン・ネスタレッツ。遊び心のある名前とラベルで知られるが、畑と醸造はいつも大真面目だ。グリューナー・ヴェルトリーナー、ヴェルシュリースリング、ノイブルガー。三つの品種を短く皮と触れさせ、大きな木の樽でひとつにする。

「フォークス・アンド・ナイヴス」は、2020年から彼が掲げる普段着のラインだ。ラベルのフォークとナイフが、言いたいことを全部言っている。特別な日のためではない、今夜の食卓のためのワイン。


pairing
結露した白ワインのグラスと、湯気に隠れて輪郭だけが残るラーメンの丼
丼とグラス、どちらにも『たかが』はない

なぜ、タンポポにフォークス・アンド・ナイヴスなのか

うまいかどうかは、体が先に答える。

最初のひと口は、厳しい

ゴローは、タンポポの先生になる。走らせて体力をつけさせ、繁盛している店の厨房を覗かせ、客の注文をさばく手順を体に覚えさせる。彼女のスープを飲んでは、首を振る。何度も。

冷えたこのワインの最初のひと口も、少し厳しい。酸がまっすぐで、甘い言葉をかけてこない。けれど、その酸が骨格になる。背筋を伸ばして、次のひと口を待たせる。先生の小言が、あとから効いてくるように。

黄身を、崩さずに

この映画には、ラーメン屋の話とは関係のない、食べものと欲望の小話がいくつも挟まる。

白い服の男と恋人が、生卵の黄身を、口から口へ渡しあう場面がある。崩さないように、そっと。何度か往復したあとで、黄身は静かに崩れる。

グラスが少しぬるくなってくると、このワインにも似た瞬間が来る。舌の上に、うっすらとした厚み。果実が丸くなり、白い花がふっと香る。言葉にするより先に、口のなかが知っている。

母のチャーハン

ある男が、夜の町を走っている。家に着くと、妻は床に伏せ、そばに医者がいる。もう長くない。男は妻に叫ぶ。起きろ、飯を作れ、と。

妻は起き上がり、台所に立つ。卵と漬けものでチャーハンを炒め、家族がそれを口に運ぶのを笑って見届けて、崩れ落ちる。男は泣きながら、子どもたちに食えと言う。母ちゃんが最後に作った飯だから、と。

笑いの多いこの映画の、いちばん静かな場面だ。

このワインがいちばんおいしいのも、冷えたばかりのときではない。温度が少し上がってからだ。果実の甘みと旨みが、ゆっくり開いてくる。台所で作った、誰かのいつもの一皿の隣で。特別な日の味ではない。けれど、忘れられないのは、いつも毎日の味のほうだ。

丼の底

開店の朝。店は生まれ変わり、タンポポの髪も短く整えられている。ゴローと、彼女を助けてきた男たちがカウンターに並び、新しい一杯をすする。

誰も、何も言わない。ひとり、またひとりと丼を持ち上げて、スープを最後の一滴まで飲み干す。丼の底が見える。

それが、答えだ。

このボトルにも、底がある。濾過していないから、終わりのころには、瓶の底に澱が沈んでいる。傾けすぎずに、ゆっくり注ぐ。底にうっすら残る濁りは、ぶどうがここまで手を加えられずに来た、というしるしだ。


terroir
夕暮れの南モラヴィアで露出したレス土と、畑に囲まれた村外れの家
食卓の一灯へ続く、ビーロヴィツェの丘

モラヴィアを旅する

ウィーンから北東へ走り、国境を越えても、景色はほとんど変わらない。なだらかな丘に、ぶどう畑が波のように続いていく。ここが、チェコの南モラヴィアだ。ビールの国と思われがちなチェコにも、ぶどうとともに暮らす土地がある。

ビーロヴィツェの村はずれを歩くと、畑の切り通しに、黄色みがかった土の壁が現れる。レスと呼ばれる、風が運んできた細かな土だ。指でこすると、粉のように崩れる。このワインの後味に残る、ほのかな塩気とミネラルは、この土の気配だと言われる。

村には、斜面に掘られた小さなワイン蔵が並ぶ通りがある。夕方になると誰かが扉を開け、グラスを並べ、隣の家の誰かがやってくる。ワインは、ここでは飾っておくものではない。

ネスタレッツは、この土地でワインを造っている。父が2001年に本格的に始めた畑を継ぎ、化学に頼らずに耕す。目指したのは、特別な日の一本ではなく、フォークとナイフの隣に毎晩ある一杯だ。

場末の小さな店が、一杯で行列の店になる。周縁と呼ばれた産地が、普段着の一本で、遠い国の台所に届く。今夜、その台所のひとつが、あなたの家になる。


how to drink
深夜の日本の台所で、食べ終えた丼と白ワインを残して流しへ向かう手
すすり終えても、今夜の一杯は少しだけ残っている

この映画の夜に

温度: 8〜12℃。冷蔵庫から出したばかりの、冷たいところから始める。映画が進むにつれてグラスの温度が上がり、果実の甘みと旨みが開いていく。その変化ごと飲む。

グラス: 台所のグラスでいい。ただ、注いだら一度だけ、老師の作法で眺めてほしい。

時間: 約115分。抜栓は、映画を始める少し前に。空気に触れると、香りがふくらむ。雨の晩にゴローが暖簾をくぐるころに注ぐ。酸のまっすぐな、冷たいひと口で。母のチャーハンのころに、注ぎ足す。ぬるみはじめたグラスに、旨みが出てくる。最後は、開店の朝まで残しておく。

食事: 観終わったら、ラーメンを作る。醤油の澄んだスープに、白胡椒をひとふり。ワインのほうにも、グリューナー・ヴェルトリーナーの白胡椒がいる。スープをすすって、グラスを傾ける。酸が脂をすっと切り、胡椒が胡椒を呼ぶ。作る元気がなければ、天ぷらか、鶏の塩焼きを。どちらも、このワインの塩気とよく合う。

注ぎ終わりに: 無濾過なので、瓶の底に澱が残ることがある。最後は傾けすぎず、ゆっくり注ぐ。手元にあるのは、この一本だけだ。


epilogue

.

映画は、公園のベンチで母親の胸に吸いつく赤ん坊で終わる。人間の、最初のひと口だ。

人生は食べることで始まって、最後まで、一杯ずつしか進まない。

丼は空いた。グラスも、空いた。

今夜の一杯に、愛情を込めて。


Film

タンポポ / Tampopo 1985 / Japan / 115分 監督・脚本: 伊丹十三 出演: 山崎努, 宮本信子, 渡辺謙, 役所広司

配信 DISCAS宅配のみ
2026年9月時点

Wine

Milan Nestarec / Forks and Knives White 2020 Grüner Veltliner, Welschriesling, Neuburger 短いスキンコンタクト / 大樽で一つに / 無濾過 Moravia, Czech Republic

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Forks and Knives White 2020

Forks and Knives White 2020

ミラン・ネスタレッツ

Region
モラヴィア
Grape
Grüner Veltliner, Welschriesling, Neuburger
Type
white
Vintage
2020

Gruner Veltliner (グリューナー・ヴェルトリーナー) Welschriesling (ヴェルシュリースリング) Neuburger (ノイブルガー)

残りわずか

表示価格は税込

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Forks and Knives White 2020
ミラン・ネスタレッツ
¥4,840

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Film

Tampopo

1985 / JP / Dir. 伊丹十三

配信

DISCAS宅配のみ

2026年9月時点

Wine

ミラン・ネスタレッツ / Forks and Knives White 2020

Grüner Veltliner, Welschriesling, Neuburger

モラヴィア

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