
冷蔵庫から瓶を出して、居間のテーブルに置く。ラベルには「陽光」とある。誰かが、なにそれ、と言う。
グラスは揃っていない。脚のあるのがふたつと、コップがひとつ。
注ぐと、少し濁った、夕方の窓のような色が出る。冷たいひと口は、思っていたより乾いている。香りだけが、子どもの頃の夏に食べた、あの小さな紫の房に似ている。
再生する。
映画は、お葬式から始まる。喪服の家族が、横たわる父を囲んでいる。次男が持ってきた遺影は、消防士の格好をした父の写真だ。
兄が怒る。普通、この写真使うか。
次男は言い返す。うちは普通じゃないやろ。
話は、昔へ戻る。消防士は、父が子どもの頃になりたかったものだった。次男は、消防士になった同級生に、服と消防車を貸してくれと頼みこむ。兄も一緒に頭を下げる。父は照れながら、ちゃんと消防士の顔をしてみせる。
撮り終えたあと、同級生がつぶやく。普通とちゃうな。けど、ええな。
笑う。隣の誰かも笑う。
グラスは、まだ冷たい。香りは華やかなのに、口の中は静かだ。この映画がずっと「普通」の話をしていると気づくのは、もう少しあとになる。

一杯の肖像
グラスを、窓のほうへかざす。
澄んではいない。濾過をしていないから、光が少しにじむ。琥珀とオレンジのあいだの、やわらかい色。洗ったばかりの古い写真が、まだ乾ききらないときの色に近い。
冷たいうちは、香りが先に立つ。花と、甘い房の匂い。けれど口に含むと、甘さはどこにもない。乾いていて、軽い。アルコールは低めで、するすると喉を通っていく。
ブドウは、山形の農家が育てたものだ。デラウェアと、セイベル。
デラウェアは、夏になると八百屋の店先に並ぶ、あの小さな房だ。種がなくて、子どもが一粒ずつ口に押し出して食べる。セイベルは、寒い土地でも育つ赤いブドウで、日本の山の畑で昔から植えられてきた。どちらも、ワインの本で主役になるブドウではない。
それを皮ごとしばらく漬けて、ブドウについていた酵母にまかせて醸す。何も足さず、何も濾さない。
ラベルの「陽光」は、その名のとおり、日の光のことだ。

なぜ、浅田家!にこのワインなのか
普通の日は、なくしてから宝物になる。だから、普通の日のうちに開ける。
撮影の日 — 冷えているうちに
次男の政志は、写真の好きな父からカメラを譲られて育った。
家族写真を撮る。それも、家族全員がなりたかったものに扮して。母の夢で、一家は極道になる。兄の夢で、レーサーになる。ラーメン屋にも、バンドにも、海女さんにもなる。家族は毎回文句を言い、毎回ちゃんと演じてしまう。
小さな会場で写真を並べると、見にきた人がみんな、笑いながら帰っていく。写真集になり、やがて大きな賞をとる。政志のもとには、うちの家族も撮ってほしいという依頼が届くようになる。
最初の依頼は、岩手の海沿いの一家だった。桜の季節に生まれた娘のために、政志は隠しておいた花びらを降らせる。家族が、そろって空を見上げる。
グラスの中も、まだ春の日なたにいる。花の香り。子どもの夏の房。口に含むと、軽くて、乾いていて、よく冷えている。ふざけた写真と同じで、深刻なところがひとつもない。
借りた学校 — 温まってくる
二〇一一年の春、政志はあの一家を探しに、海沿いの町へ向かう。家は、跡形もなかった。
避難所の外で、ひとりの青年が、泥をかぶった写真を水で洗っている。拾った一枚を持ち主に返したら、とても喜ばれた。だから続けている、と言う。政志は、隣にしゃがんで手伝いはじめる。
泥を落とす。水を替える。一枚ずつ乾かす。借りた学校の中に、洗われた写真が並んでいく。誰かの七五三。誰かの運動会。誰かの台所。
人がやってきて、黙って写真の列をたどる。自分の家族の顔を探して。撮った日には、なんでもない一枚だった。
このあいだ、政志は一枚も撮らない。
グラスも、手の中で温まってきた。甘い房の匂いが少し引いて、かわりに、蜂蜜と、干した柑橘の皮のような香りがのぼってくる。口の中には、出汁のような旨みがある。果物の匂いが、いつのまにか、台所の匂いになっている。
見つからない一枚 — 底のほう
写真を探しにくる人の中に、莉子という女の子がいる。津波で、父を亡くした。
洗われた写真の中から、莉子は自分の写真を見つける。妹の写真も、母の写真も見つかる。父の写真だけが、一枚も出てこない。
莉子は、政志の写真集を見つけて、言う。写真家なんでしょ。だったら撮ってよ。うちの家族を。
政志は、シャッターが押せない。父のいない家族写真を、どう撮ればいいのかわからない。
季節は、夏ではない。それでも一家は、夏にみんなで行った海へ出かけて、水着で砂浜に並ぶ。政志は、莉子の父が遺した腕時計を借りて、自分の腕に巻く。ファインダーをのぞいたとき、わかる。
父の写真が見つからなかったのは、父がいつも、こちら側にいたからだ。カメラを構えて、家族を撮っていたのは、父だった。
グラスは、底のほうだ。すっかり手の温度になって、皮の渋みが、舌の奥にやわらかく残る。濾さなかった澱が、少しだけ沈んでいる。それでも、最初の花の香りは、まだかすかにそこにある。
写真には、写っていない人がいる。いつもシャッターを押していた人。その人がいたから、写真がある。
オレンジワインなら、ほかにもある。それでもこの一本を、この映画の隣に置く。
ブドウを育てたのは、山形の農家だ。何十年も、食卓のための房を実らせてきた樹がある。ワインにしようと決めたのは、震災のあと、ボランティアとして宮城の雄勝の町に通い、そのまま離れられなくなった人たちだ。醸したのは、同じ宮城の小さなワイナリーの蔵。ラベルのどこにも、その人たちの顔はない。
写真に写らない人が、いちばんたくさんの写真を撮っている。この一本も、写らない人たちの手でできている。
それに、陽光は、年ごとに顔が変わる。ブドウの割合が入れ替わり、デラウェアが主になる年もあれば、セイベルが半分を超える年もある。いまここにある一本は、デラウェアが七割ほど。次に届く一本が、同じ顔をしているとは限らない。
毎年撮る家族写真が、一枚ずつ違うのと同じだ。今年の顔は、今年のうちにしか撮れない。

雄勝 — 記録する道具の町
雄勝は、硯の町だ。雄勝石と呼ばれる黒いスレートは、国の伝統的工芸品「雄勝硯」になり、東京駅丸の内駅舎の屋根にもなった。墨を磨り、字を書き、残す。「記録する道具」を、この町は何百年も産出してきた。
その町が、津波で八割を失った。四千人を超えていた人は、千人を下回った。
高台に、一九二三年に建てられた木造の校舎がある。旧桑浜小学校。閉校して空き家になっていたこの校舎を、震災のあとに雄勝へ通いはじめた人たちが直し、二〇一五年、子どもたちが森と海の暮らしを学ぶ場所「MORIUMIUS」として開いた。黒板は、そのまま残っている。
子どもたちはここで、森の手入れをして、漁師の仕事を見て、畑で食べるものを育てる。ワインは、その延長にある。二〇二〇年、同じ宮城の Fattoria AL FIORE の力を借りて、最初の醸造が始まった。
いつかは雄勝でブドウを育てたい。ただ、それは津波のあとの土地を整えるところから始まる。だからいまの陽光は、山ひとつ越えた山形の房でできている。雄勝の「これから」と、山形の「何十年も前から」が、一本の中に同居している。アルバムの最初のページと、いちばん新しいページのように。

この映画の夜に
冷蔵庫から出して、瓶の表面がうっすら汗をかきはじめたころに開ける。そのくらいで、花の香りから始まる。
グラスは、家にあるもので。揃っていないほうが、この映画には似合う。濁りは澱なので、気になるなら瓶を静かに立てておく。混ざっても、困ることはない。
大皿に、唐揚げと卵焼きと、煮物を。醤油と出汁の料理に、このワインの旨みはよく合う。取り分けるうちに、グラスは少しずつ温まっていく。
消防士の撮影のころは、まだ冷たくて華やかだ。借りた学校の場面に入るころ、台所の匂いが出てくる。海辺で政志が腕時計を巻くころには、底のほうの渋みが待っている。
できれば、ひとりでなく。帰省の夜や、年の瀬に家族が集まる日に、実家へ一本持っていくのもいい。なにそれ、と言われるところから始まる。
スマホは、手の届くところに。
.
今夜の写真を、あとで見返すと、気づく。
いつも撮っている人が、一枚も写っていない。
瓶が空になる前に、 その人に、カメラを向ける。
普通の夜が、一枚、残る。
Film
浅田家! / The Asadas 2020 / 日本 / 127分 監督: 中野量太 / 原案: 浅田政志『浅田家』『アルバムのチカラ』 出演: 二宮和也, 妻夫木聡, 平田満, 風吹ジュン, 黒木華, 菅田将暉 第36回ワルシャワ国際映画祭 最優秀アジア映画賞
配信
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2026年9月時点 · JustWatch
Wine
MORIUMIUS Farm & Winery / Yokou 陽光 デラウェア, セイベル(山形の契約農家 / 年によって比率が変わる) 野生酵母 / 醸し / SO2無添加・無濾過 / 醸造: Fattoria AL FIORE(委託) 宮城県石巻市雄勝町



