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水始涸の便り

色が深く、夜が早くなる。余韻は長く残り、ワインは少しずつ温めたくなる。

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お酒は20歳になってから。飲酒運転は法律で禁止されています。

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水始涸秋分
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バベットの晩餐会 × Numero Uno
最高の給仕は、土からはじまる。

The finest service begins in the soil.

バベットの晩餐会

幕間に一杯、
Orange — 山形

バベットの晩餐会
× Numero Uno

Babettes gæstebud, 1987 — ガブリエル・アクセル
prologue
冬の終わりのユトランド海岸で、風に伏せる草と白い家々の間を歩く住人
灰色の海辺では、質素な暮らしが風に耐えている

ひとつ、約束をしてほしい。

このグラスについて、何も言わないこと。おいしいとも、変わった味だとも、言わない。

冷蔵庫から出したばかりの、琥珀がかったオレンジ色を、一口だけ含む。

みかんの皮のような、少し青い香りが鼻に抜ける。舌の上は冷たくて、まだ静かだ。

黙っていられるのは、たぶん、ここまでだ。

デンマーク、ユトランドの西の果ての海辺の村でも、人々は同じような約束をして暮らしていた。

黒い服を着て、祈って、賛美歌を歌って、質素に食べる。この村で、味わうことは美徳ではない。

亡き牧師の娘である老姉妹、マーチーネとフィリッパの家の戸口に、ある嵐の夜、ずぶ濡れの女が立つ。手には一通の手紙。パリの動乱で家族を失い、逃れてきたフランス人だという。

名前は、バベット。

姉妹は彼女に、この家の料理を教える。干した鱈を水で戻して、煮る。固くなったパンをエールでふやかして、粥にする。

バベットは黙ってうなずき、そのとおりに作る。それから、14年。


wine
Numero Uno 2021 / グレープリパブリック
Numero Uno 2021 / グレープリパブリック

一杯の肖像

グラスを灯りにかざすと、縁のほうが淡く透ける。熟れたみかんの果皮に近い、琥珀がかったオレンジ色だ。

鼻を近づける。冷たいうちは、みかんの皮と、レモングラス。台所の窓を開けたときに入ってくるような、細くて青い香り。

少し待つ。グラスが手の温度を吸いはじめると、その奥から、甘い匂いが上がってくる。

知っている匂いだ。夏の食卓に出てきた、種のない小さな房。ぶどう味のキャンディーの、あの匂い。

口に含むと、みずみずしい。食べるぶどうの甘酸っぱさが、まっすぐ前に出てくる。甘いワインなのかと思うと、辛口だ。

そのあとから、果皮の渋みが来る。舌の両脇を、そっと締めるくらいの渋み。飲み込んだあとも、やわらかいぶどうの余韻が長く残り、その中に、ほんの少しだけ苦みが混じる。

山形県南陽市、GRAPE REPUBLIC の Numero Uno 2021。デラウェアが8割、残りがシャインマスカット。どちらも、ワインのためではなく、食べるために育てられてきたぶどうだ。

デラウェアは果皮ごと2週間あまり漬け込んで、骨格をつくる。シャインマスカットは9日間と短く漬けて、品のいい香りを添える。スペインから運んだ素焼きのアンフォラで醸し、そのまま約10ヶ月。野生酵母で発酵させ、酸化防止剤は加えず、清澄も濾過もしない。

アルコールは11.5%。長い晩餐の夜にも、重たくならない。


pairing
山形のワイナリーで淡い葡萄をアンフォラに仕込む手と足
給仕の手前にある、土と葡萄の仕事

なぜ、『バベットの晩餐会』に、この一本なのか

約束は、舌の上からほどける。

干し鱈の台所 — 冷たいうちに

バベットの14年は、ほとんど画面に映らない。

吊るされた干し鱈。灰色の海。老人たちの家へ運ばれていく、同じ粥の鍋。そのあいだに信徒たちは年をとり、昔の諍いを蒸し返しては、祈りの集いでもぎすぎすするようになる。

バベットとパリをつなぐものは、友人が毎年買い続けてくれる一枚の宝くじだけだ。

グラスのワインも、まだ冷たい。みかんの皮とレモングラスが、細く立っているだけ。甘い匂いは、奥のほうにしまわれている。

この灰色に、しばらく付き合ってほしい。この映画も、このワインも、待たせたぶんだけ開く。

荷馬車 — 約束

ある日、パリから手紙が届く。宝くじが当たった。1万フラン。

バベットは姉妹に願い出る。亡き牧師の生誕100年の集いに、本物のフランス料理の晩餐を作らせてほしい。費用はすべて、自分が持つ。

やがて、荷が着きはじめる。ワインの木箱。鶉の籠。そして、生きた大きな海亀。

その夜、マーチーネはうなされる。あれは魔女の宴ではないのか。信徒たちは集まって、ひそかに申し合わせる。当日は、出されたものは食べる。けれど、味については一言も口にしない。舌など、はじめから無かったことにしよう。

レモネード — ぬるくなってくる

晩餐の席につくのは、十二人。信徒たちに混じって、ひとりだけ外の世界の人がいる。若いころこの村でマーチーネに恋をして、去っていった男。いまは名の知れた将軍になっている。

スープが運ばれる。将軍はひと匙すくって、手を止める。これは、本物の海亀のスープだ。グラスのアモンティリャードに口をつけて、また止まる。

隣の信徒たちは、黙々と匙を運び、天気の話をしている。

次に、シャンパーニュが注がれる。ヴーヴ・クリコ。年老いた信徒のひとりが口をつけて、これはレモネードの一種でしょう、と言う。それから水を飲んでみて、物足りなさそうに、またグラスへ手を伸ばす。

あなたのグラスも、このころには少しぬるくなっている。みかんの皮の向こうから、あの甘い匂いが上がってくる。子どものころの、ぶどうのキャンディー。

油断していい。ここは、レモネードだと思っていい場面だ。

鶉のパイ — 蝋燭の温度

鶉のパイ包みが運ばれる。フォアグラと、トリュフのソース。将軍が思い出すのは、昔パリの「カフェ・アングレ」で食べた一皿だ。あの店の料理長は、女性だった、と。

赤ワインが注がれる。蝋燭の火が、グラスの中で揺れる。

信徒たちは、まだ何も言わない。言わないまま、顔が変わっていく。長いあいだ互いを許せずにいた者どうしが、目を合わせて、ぎこちなく笑う。昔の嘘を詫びる声がする。許す声がする。

グラスのワインも、もう蝋燭の温度だ。甘酸っぱい果実のうしろから、果皮の渋みが舌の両脇をそっと締める。飲み込んだあとにやわらかいぶどうの余韻が残って、その中に、ほんの少しだけ苦みが混じる。

オレンジワインなら、ほかにもある。この一本をこの映画の隣に置くのは、最初のひとくちが、子どものころのぶどうの味がするからだ。レモネードだと思った老婦人と同じように、あなたも油断する。そして、そのあとに来る小さな苦みで、自分がいま晩餐の席にいることに気づく。

干し鱈の村のすぐ隣に、この夜があった。おやつのぶどうのすぐ隣に、この一本があった。

星の下の井戸 — 底のほう

晩餐が終わって外へ出ると、夜空に星が出ている。

老人たちは井戸のまわりで手をつなぎ、輪になって歌う。さっきまで諍っていた人たちが、同じ輪の中にいる。

台所では、バベットがひとり、椅子に腰を下ろしている。

姉妹は、あとで知る。1万フランは、一晩で使い切られていた。これで一生貧しいままね、と気遣う姉に、バベットは首を振る。芸術家は、貧しくならない。

グラスは、もう底のほうだ。最後のひとくちに、甘さはあまり残っていない。残っているのは、ぶどうの余韻と、ほんの少しの苦み。惜しまずに注ぎ切った人の、晩餐のあとの台所の味だ。


terroir
南陽の斜面で、紙袋に包まれたデラウェアの棚と収穫籠、長靴
身近な葡萄が、盆地の丘で次の一皿を待つ

南陽 — 給仕は、手から手へ

山形県南陽市。米沢盆地の北の縁、赤湯温泉の裏手の丘に、ぶどう棚が並ぶ。昼と夜の寒暖差が大きく、水はけのいい斜面で、100年以上前からぶどうが育てられてきた。

夏になると、棚の下には紙袋をかぶった小さな房が、びっしりと下がる。デラウェア。この盆地は、日本でも指折りのデラウェアの産地だ。店先で手ごろな値段で売られ、子どもがつまむ。ワインの主役として扱われることは、長いあいだなかった。

このぶどうを、ワインの主役に据えようとした人がいる。

藤巻一臣は、皿を運ぶ側の頂点にいた人だった。銀座、横浜、渋谷、広尾、大阪。サローネグループのイタリアンを予約の取れない店に育て、「伝説のサービスマン」と呼ばれた。

2011年、東日本大震災。炊き出しで東北に通ううちに、南陽のぶどう農家と縁ができる。2014年、畑の経験もないまま移り住み、2017年、仲間とワイナリーを立ち上げた。番号で呼ばれるキュヴェのシリーズの、1番が「numero uno」。イタリアンの世界で一番と呼ばれた人が始めた蔵の、1番である。

いま、この蔵の醸造を率いているのは矢野陽之だ。イタリアンのソムリエから、イタリア、オーストラリア、ニュージーランドの畑と蔵で修業を重ね、2019年から醸造責任者を務める。グラスの中の2021は、矢野のワインである。

皿を運ぶ人から、畑に立つ人へ。畑に立つ人から、土の器を見守る人へ。この蔵の給仕は、手から手へ渡されてきた。

バベットの晩餐もそうだった。彼女の料理は、一晩で消える。けれどその夜、それを食べた人たちの手は、井戸のまわりでつながれていた。

2024年、この蔵は鎌倉に、初めての飲食店を開いた。南陽のワインは、そこでまた、皿の隣で注がれている。


how to drink
蝋燭を灯した家庭の食卓で、白身魚と帆立を取り分ける手
静かな皿にも、惜しまず手をかける

この映画の夜に

平日の夜でいい。

食卓に、蝋燭を一本。部屋の灯りは少し落とす。この映画の後半は、蝋燭の色でできている。

皿は、白身魚がいい。塩をして焼いただけの鯛か鱈。帆立を軽く炙って、みかんか柚子の皮を少しだけ削る。グラスの中のみかんの皮と、皿の上の柑橘が、同じほうを向く。

ボトルは冷蔵庫から出してすぐ、白ワイン用のグラスに注いで、再生する。

はじめは冷たすぎるくらいで、ちょうどいい。灰色の村が映っているあいだ、グラスは閉じている。荷馬車が着くころに、甘い匂いが上がりはじめる。晩餐の席に蝋燭が灯るころ、ワインもちょうど、蝋燭の温度になっている。

晩餐が始まったら、注ぐ手を止めないこと。二人で開ければ、102分のあいだに、一本はちょうどよく空いていく。


epilogue

.

約束は、たぶん、もう破っている。

口では言わなくても、顔に出ている。

あの晩餐の席の、人たちと同じように。


Film

バベットの晩餐会 / Babettes gæstebud 1987 / デンマーク / 102分 監督・脚本: ガブリエル・アクセル / 原作: カレン・ブリクセン(アイザック・ディネーセン) 出演: ステファーヌ・オードラン ほか 第60回アカデミー賞 外国語映画賞

配信
見放題 Prime Video / Hulu / U-NEXT
2026年9月時点

Wine

GRAPE REPUBLIC / Numero Uno 2021 デラウェア 81%, シャインマスカット 19%(自社農園・有機栽培) オレンジ・辛口 / アルコール 11.5% アンフォラ醸し(デラウェア約2週間・シャインマスカット9日)→ アンフォラ熟成約10ヶ月 野生酵母 / 酸化防止剤無添加・無清澄・無濾過 山形県南陽市

この一本を、手に取る

Numero Uno 2021

Numero Uno 2021

グレープリパブリック

Region
山形
Grape
デラウェア 81%, シャインマスカット 19%
Type
orange
Vintage
2021

デラウェア 81% シャインマスカット 19%

残りわずか

表示価格は税込

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Numero Uno 2021
グレープリパブリック
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Film

Babettes gæstebud

1987 / DK / Dir. ガブリエル・アクセル

配信

見放題
Prime Video / Hulu / U-NEXT

2026年9月時点

Wine

グレープリパブリック / Numero Uno 2021

デラウェア 81%, シャインマスカット 19%

山形

¥4,180

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