ニュージャージー州パターソンの街で、パターソンという名のバス運転手が暮らしている。
月曜、彼は6時すぎに目を覚まし、シリアルを食べ、バスを走らせ、乗客の会話に耳をすませ、帰り道で犬を散歩させ、バーでビールを一杯だけ飲む。火曜も、水曜も、ほとんど同じ。違うのは、彼が休憩時間にノートへ書きつける詩の行だけだ。
ジャームッシュの一週間は、ワンセットの詩のように、同じ韻を踏みながら、毎日少しずつ違う言葉で繰り返される。マッチ箱への愛が詩になり、滝の音がリズムになる。
観終わったあと、自分の代わり映えのしない一週間が、少しだけ違って見える。月曜の朝の光にも、よく見れば韻が踏んである。
その発見と同じ種類の驚きが、新潟の「おうむ」というワインの中にある。

一杯の肖像
ツヴァイゲルトという品種は、地味だ。オーストリア生まれの交配品種で、ピノ・ノワールのような神話も、カベルネのような威光もない。日本では北の産地で実直に育つ、労働者のようなブドウだ。
新潟・カーブドッチの醸造家、掛川史人は、その地味な品種を「どうぶつシリーズ」に選んだ。亜硫酸無添加。砂の畑の果実を、毎年ちがう手つきで瓶に詰める。
2022年は、8月と9月の雨が早生のこの品種を困らせた。赤にはせず、果皮と数日だけ過ごした濃いロゼになった。グラスに注ぐと、明るいガーネット。鮮やかな赤い果実、青さを帯びたザクロ。口当たりは柔らかく、じわっと旨みが続く。
毎日同じバスの路線に、毎日違う乗客が乗るように、年ごとに、一杯ごとに、少しずつ表情が変わる。そういうワインだ。

なぜ、パターソンにこのワインなのか
毎日同じ時間に開けても、同じ味はしない。それを、豊かさと呼ぶ側にいる。
色と色
『パターソン』の色彩は、抑えたブルーグレーが基調だ。バスの座席、作業着、曇り空のニュージャージー。その中で、ローラが家中に描き続ける白黒の円模様と、バーの琥珀色の照明だけが、画面に体温を足していく。
おうむの色は、あのバーの照明に近い。鮮烈な赤ではなく、少し琥珀がかった、夜の終わりの色。一日の反復を終えた人間が、カウンターで向き合うための色だ。
感覚と感覚
おうむは、人の言葉を繰り返す鳥だ。でも飼ったことのある人は知っている。おうむの「おはよう」は毎回同じではない。日によって、機嫌によって、抑揚が違う。反復の中の微差。それはパターソンの詩の作法そのものだ。
このワインにも、反復の中の微差がある。ひと口目で輪郭をつかんだと思っても、ふた口目には別の旨みが顔を出す。同じ言葉を、違う抑揚で繰り返してくる。無添加のワインが持つ、生き物じみた揺らぎだ。
毎日同じ時間に開けても、毎日同じ味はしない。それを欠点と呼ぶ世界もある。この映画と、このワイナリーは、それを豊かさと呼ぶ側にいる。
物語と物語
パターソンは詩を発表しない。ノートに書くだけだ。世界的詩人にならなくても、月曜から日曜までの暮らしの中に詩があれば、人生は静かに豊かになる。
掛川史人の「どうぶつシリーズ」も、コンクールで金賞を競うためのワインではない。点数や評論より、「毎日の食卓で、体に沁みて、また明日も飲みたくなる」ことに照準を合わせている。野心の置き場所が、世間の標準とずれている。そのずれ方が、この映画の主人公とそっくりだ。
愛犬マービンにノートを噛みちぎられた夜、パターソンは絶望する。翌日、滝の前で日本から来た詩人が、白いノートを渡す。空白のページから、また書きはじめる。無添加のワイン造りも毎年それだ。失敗しても、天候に裏切られても、また春から始める。

新潟・角田浜を旅する
パターソンの街には滝がある。グレートフォールズ。詩人ウィリアム・カーロス・ウィリアムズが詩に書き、主人公が毎日昼食をとる場所だ。街の反復する日常の真ん中に、轟音を立てて流れ続けるもの。
カーブドッチのある角田浜にも、それに当たるものがある。日本海だ。畑のすぐ向こうで、海は毎日同じように、毎日違う波を打ち続けている。
この土地の畑は海岸由来の砂質土壌で、雨の多い日本では珍しく水はけがいい。ツヴァイゲルトのような早生種は、ここでは力まず色づく。雨の多い年は、赤ではなく濃いロゼになることもある。1992年の開墾から30年、ワイナリーの周りには後進の造り手たちが次々と独立し、「ワインの集落」のようなものができつつある。
バス路線のように規則正しく並ぶ畝と、その横で終わらない反復を続ける海。おうむはこの風景の中で、毎年同じように、毎年違う味に仕上がる。

この映画の夜に
温度: 12〜14℃。少し冷やすと輪郭が出て、温度が上がると旨みが出る。一本の中で両方試してほしい。同じワインの違う抑揚が聞ける。
グラス: 普段使いのグラスでいい。この映画に乾杯するのに、クリスタルは要らない。バーのビールグラスの精神で。
食事: 平日の晩ごはんに合わせて。肉じゃが、焼き鳥、ハンバーグ、きんぴら。醤油と出汁の料理に、このワインの旨みはまっすぐ寄り添う。チーズならカマンベールを。
タイミング: 月曜の夜にこそ開けてほしい。一週間でいちばん詩から遠い夜が、一番この映画とこのワインに向いている。一杯だけでもいい。バーでの一杯のように。
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「ときには、空白のページが いちばん多くの可能性を持っている」
滝の前でそう言って、日本から来た詩人は パターソンに新しいノートを手渡した。
空になったグラスも、たぶん同じだ。
また明日、注げばいい。 あー、は、ー。
Film
パターソン / Paterson 2016 / アメリカ・ドイツ・フランス / 118分 監督・脚本: ジム・ジャームッシュ 出演: アダム・ドライバー, ゴルシフテ・ファラハニ, 永瀬正敏 音楽: スクワール
配信
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Wine
Cave d'Occi(カーブドッチ)/ おうむ 2022 Zweigelt / どうぶつシリーズ 2022 濃いロゼ / 亜硫酸無添加 / 砂質土壌 / 新潟・角田浜



