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水始涸の便り

色が深く、夜が早くなる。余韻は長く残り、ワインは少しずつ温めたくなる。

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お酒は20歳になってから。飲酒運転は法律で禁止されています。

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水始涸秋分
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ノマドランド × シュール・レ・ニュアージュ
雲の上に、根を下ろす。

Putting down roots, above the clouds.

ノマドランド

幕間に一杯、
Red — セントラル・オタゴ

ノマドランド
× シュール・レ・ニュアージュ

Nomadland, 2020 — クロエ・ジャオ
prologue
マジックアワーの乾いた草原を貫く一本道。遠くに白いヴァンの小さな灯り
広い空の下、点のようなヴァンが走っていく

まだ外が少し明るいうちに、栓を抜いておく。

このワインは、開けてすぐには話さない。少し注いで鼻を近づけても、冷たい石と、かすかな鉄の匂いがするだけだ。果実は、まだどこかに隠れている。

カーテンは閉めきらずにおく。窓の外で、空が琥珀色から青へ移っていくのが見えるくらいに。

淡いガーネットを、その残りの光にかざす。ひと口含む。細い酸が、舌の上をまっすぐ通っていく。それだけだ。

再生する。

最初に、短い文字が出る。ネバダ州エンパイア。石膏の工場が閉じて、町がなくなり、郵便番号まで消えた、と。

冬だ。女がひとり、貸し倉庫の扉を開けて、荷物を選り分けている。持っていくものと、置いていくもの。亡くした夫のものが、まだそこにある。

名前はファーン。夫を失い、働いていた工場を失い、暮らしていた町ごと失った。小さな白いヴァンに生活を詰めこんで、彼女はエンジンをかける。

グラスの中は、まだ黙っている。この人が何を置いていけずにいるのか、映画もまだ言わない。


wine
La Ferme de Sato Sur Les Nuages 2019 / サトウワインズ
La Ferme de Sato Sur Les Nuages 2019 / サトウワインズ

一杯の肖像

グラスを、窓のほうへかざす。

淡いガーネット。中心には夕日の赤がまだ残っていて、縁のほうへいくと、かすかに青みが差す。

開けたばかりのうちは、香りが低い。冷たい石と、鉄。セントラル・オタゴの片岩——シストの匂いだ。口に含むと、果実より先に、細く長い酸が背骨のように通る。派手なことは、何も言わない。

少し待つ。十分、二十分。グラスを回すと、奥のほうから果実がのぼってくる。ブルーベリー、黒すぐり、黒い果実の芯。暗い部屋の奥で、誰かがゆっくり扉を開けたような香り方だ。

造っているのは、佐藤嘉晃と恭子。同じ銀行で出会い、ロンドン駐在の時代にワインに撃たれ、12年続けた金融の仕事を辞めた。2006年、ニュージーランドへ渡る。大学で栽培と醸造を学び直し、名門フェルトン・ロードで腕を磨いた。恭子は2018年まで、その畑に立ち続けた。

長く土地を探して、2016年、ピサ山の斜面に樹を植えはじめた。谷を埋める霧より、上にある畑だ。

だから、この一本の名はシュール・レ・ニュアージュ。雲の上、という意味だ。


pairing
乾いたブドウ畑の作業道を歩く人の足元
根を張る樹と、移動する身体

なぜ、ノマドランドにシュール・レ・ニュアージュなのか

記憶されるものは、生き続ける。

開けたばかりのうちは — 秋の葉の皿

最初の冬、ファーンは大きな通販会社の倉庫で働く。クリスマス前の、季節雇いだ。昼は段ボールを流し、夜は駐車場のヴァンで眠る。

ヴァンには、手放せなかったものが少しだけ積んである。父がくれた皿のひと揃い。ガレージセールで一枚ずつ買い集めて、高校の卒業祝いにくれたものだ。秋の葉の模様がついている。

町の店で、昔の教え子の女の子に会う。先生はホームレスなの、と聞かれる。ファーンは答える。ホームレスじゃない。ハウスレスなだけ。同じじゃないでしょう、と。

倉庫の同僚のリンダ・メイが、アリゾナの砂漠でノマドたちが集まる冬の会があると教えてくれる。

グラスは、まだ冷たい。石と鉄と、細い酸。果実は奥に引っこんだまま、出てこない。言葉は穏やかなのに、何かを固く閉じている。この人と同じだ。

開いてくる — 崖の燕

砂漠の集まりで、ファーンのヴァンのタイヤがパンクする。スペアを積んでいなかった彼女を、近くに車を停めていた年上の女が叱りとばす。スワンキー。口が悪くて、面倒見がいい。道の上で生きるやり方を、ひとつずつ教えてくれる。

ある日、スワンキーは病気のことを打ち明ける。残された時間は長くない。病院で終わるより、道の上で、最後の思い出をつくりに行くのだと。

それから、カヤックで見たものの話をする。川沿いの崖に、燕の巣が何百もあった。燕が飛びかって、その姿が水面に映って、まるで自分も燕と一緒に飛んでいるようだった。巣から卵の殻が落ちてきて、水の上に浮かんでいた。

もう、じゅうぶんに生きた、と彼女は言う。わたしが死んだら、仲間が焚き火を囲んで、ひとつずつ石を火に投げてくれたらいい、と。

グラスが、手の中で開いてくる。石の奥から、ブルーベリーと黒い果実がのぼってくる。杜松のような、少し冷たい香りも混じる。閉じていた扉の隙間から、光が漏れてくるように。さっきまで黙っていたワインが、急に近くなる。

時間が経って — 火の中の石

砂漠で知り合ったデイヴが、ファーンのヴァンで箱を落とす。父の皿が割れる。ファーンは何も言わずに、あとで破片を接着剤でつなぐ。

やがてデイヴは、息子の家に落ち着く。ファーンを招いて、ここで一緒に暮らさないかと言う。広い家。家族の食卓。やわらかいベッド。その夜、ファーンはベッドで眠れずに、庭先に停めたヴァンへ戻る。夜が明けると、黙って出ていく。向かった先は、風が吹きつける海の崖だった。

また冬が来て、ファーンは砂漠の集まりに戻る。焚き火を囲んで、仲間たちがひとりずつ、火の中へ石を投げる。スワンキーのために。

集まりを主宰するボブと、ファーンは話す。夫には、身寄りがなかった。わたしが町を出ていったら、あの人がいなかったことになってしまう気がした。だから残った、と。父がよく言っていた言葉も口にする。記憶されるものは、生き続ける。

ボブは、亡くした息子のことを話す。ここの人たちは、最後のさよならを言わない。また道の上で、と言う。いつかまた、息子に会えると信じている、と。

グラスは、もう底のほうだ。果実の勢いは落ちついて、かわりに細かい渋みと、干した果実のような、少し塩気のある旨みが出てきている。最初からあった酸が、まだ一本、まっすぐ通っている。飲み込んだあとも、長く口の中にいる。いなくなったものの輪郭が、まだそこにある。


ピノ・ノワールなら、ほかにいくらでもある。開けた瞬間から華やかに香って、最初のひと口で全部を見せてくれるものも。

それでもこの一本を、この映画の隣に置く。最初は黙っていて、時間をかけてしか開かないからだ。ファーンが、あの町を離れるのに何年もかかったように。

そして、この瓶には最初の年が入っている。佐藤夫妻は2009年から、買いブドウでワインを造ってきた。2016年にピサ山に植えた樹が、初めて自分たちの手で摘めるほどに実ったのが、2019年。自分たちの醸造所ができたのも、同じ年だ。移住から13年目だった。

次の年も、その次の年も、ワインは造られる。でも、最初の年は一度しかない。2019年のピサ山の空と風が、この瓶の中で、まだ生きている。


terroir
ピサ山の斜面に露出した片岩と古い柵、その下の盆地を埋める霧
谷を霧が埋めると、畑は雲の上に出る

セントラル・オタゴを旅する

冬の朝、ピサ山の斜面に立つと、足もとに雲がある。

盆地の底を、白い霧が埋めている。町も、湖も、道も見えない。見えるのは、霧の上に突き出した乾いた丘と、どこまでも高い空だけだ。雲の上、という名前は、詩ではなく、ほとんど地形の説明だった。

ニュージーランド南島の内陸。山にぐるりと囲まれて、海の影響がほとんど届かない。雨が少なく、夏の昼は焼けるように暑く、夜は急に冷える。乾いた草の丘と、露出した岩。ファーンが走っていたアメリカ西部と、見紛うような風景だ。

足もとの石は、シスト。薄く剥がれる灰色の石で、水を蓄えない。ブドウの根は水を求めて、岩の割れ目を深く降りていく。開けたばかりのグラスで最初に匂った冷たい石と鉄は、その深さから来ている。

佐藤夫妻の畑は、標高298〜349メートル。谷底より空に近く、霜と隣り合わせの場所だ。ふたりはあえてそこを選び、1ヘクタールに5,000〜5,600本という密度で樹を植えた。根同士を競わせて、深く潜らせるために。栽培は最初からビオディナミで組み立て、2019年にオーガニック認証(BioGro)を取っている。

根を張る樹と、動きつづける人。向きは反対に見える。でも、ファーンのヴァンに父の皿が積まれていたように、この斜面にも、ふたりのそれまでの人生が全部積んである。


how to drink
夜を過ごすため停めた古いヴァンの車内、毛布と小さなランタン、赤ワインの一杯
一日の移動を終えて、青い時間にゆっくり開く

この映画の夜に

夕方、まだ外が明るいうちに栓を抜く。冷蔵庫には入れず、涼しい場所に置いておいたくらいの温度、十五、六度で開けるといい。

グラスは、ブルゴーニュ型の大ぶりなものを。最初の香りは低いから、ボウルの中に溜めて、待つ。

料理は、土の味がするものを。ラムのロースト、焼いたビーツ、キノコのソテー。ファーンが秋に働くのも、テンサイの収穫場だ。あるいは、パンとチーズだけでいい。ヴァンの中の夕食のように、簡素に。

エンパイアの冬と、倉庫の段ボールのあいだは、グラスもまだ黙っている。砂漠でスワンキーが燕の話をするころ、青い果実がのぼってくる。108分の映画の、前半と後半で、別のワインになる。

焚き火に石が投げられる場面まで、ひと口は残しておく。


epilogue

.

最後に、ファーンはもう一度だけ、あの町へ戻る。

そこで何をするのかは、書かないでおく。

グラスの底に残しておいたひと口を、 いま、飲む。

さよならは言わない。

また、道の上で。


Film

ノマドランド / Nomadland 2020 / USA / 108分 監督・脚本・編集: クロエ・ジャオ 撮影: ジョシュア・ジェームズ・リチャーズ 音楽: ルドヴィコ・エイナウディ 出演: フランシス・マクドーマンド, デヴィッド・ストラザーン, リンダ・メイ, シャーリーン・スワンキー, ボブ・ウェルズ 原作: ジェシカ・ブルーダー『ノマド:漂流する高齢労働者たち』 第77回ヴェネツィア国際映画祭 金獅子賞 / 第93回アカデミー賞 作品賞・監督賞・主演女優賞

配信
見放題 Disney+
レンタル Prime Video / Apple TV Store / FOD
2026年9月時点 · JustWatch

Wine

Sato Wines / La Ferme de Sato "Sur Les Nuages" 2019 Pinot Noir 100% Mt Pisa, 298–349m / Schist / BioGro / 全房10%・醸し27〜30日 / 古樽19ヶ月 / 無濾過・無清澄 / 瓶詰め時ごく少量の亜硫酸 / 13.8% Central Otago, New Zealand

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La Ferme de Sato Sur Les Nuages 2019

La Ferme de Sato Sur Les Nuages 2019

サトウワインズ

Region
セントラル・オタゴ
Grape
Pinot Noir 100%
Type
red
Vintage
2019
Serve
15–17℃

セントラル・オタゴ、ピサ山の斜面の片岩に植えた自社畑から、初めて自分たちの手で摘んだ年のピノ・ノワール。全房10%、野生酵母で27〜30日醸し、古樽で19ヶ月。淡いガーネットで、縁にかすかな青み。開けたては香りが低く、細く長い酸が先に立つ。時間とともに青い果実と黒い果実が奥から開き、底のほうでは細かな渋みと、干した果実のような塩気のある旨みが長く残る。

残りわずか

表示価格は税込

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La Ferme de Sato Sur Les Nuages 2019
サトウワインズ
¥8,600

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Film

Nomadland

2020 / US / Dir. クロエ・ジャオ

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サトウワインズ / La Ferme de Sato Sur Les Nuages 2019

Pinot Noir 100%

セントラル・オタゴ

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