
夕方の台所で、セリを洗う。
根に、まだ土がついている。流しの水を細くして、指で少しずつほどいていく。水が茶色く濁って、それから透明になる。青い匂いが、手に移る。
冷蔵庫から出しておいた瓶を開ける。
注ぐと、思ったより淡い。向こうが透けるほどの赤だ。
一口。冷たくて、軽い。チェリーと、ざくろ。その奥に、濡れた石のような、水の気配がある。
飲みこむと、喉の奥に、ほんのかすかに苦みが残る。さっき手に移ったのと、どこか同じ匂いがする。
1983年、アーカンソー。
草原の真ん中で、車が停まる。後ろの座席から、七歳のデイヴィッドが窓の外をのぞく。
新しい家には、車輪がついている。
母のモニカは、草原に置かれたトレーラーハウスを見上げて、黙る。カリフォルニアで約束されたのは、こんな家ではなかった。デイヴィッドの心臓には穴がある。いちばん近い病院まで、車で一時間かかる。
父のジェイコブは、土をひとつかみして、笑っている。
ここがアメリカで、いちばんいい土だ、と。

一杯の肖像
グラスを、もう一度傾ける。
澄んだ、淡いルビー。最初に来るのは、チェリーと、ざくろの赤い実。冷たいうちは、果実がまっすぐで、水のように軽い。
少し置く。手の温度が移ってくると、赤い実の後ろから、カルダモンのような香辛料の香りがのぼってくる。どこか遠くの台所の匂いだ。
口の中のタンニンは、艶のない、さらりとした手ざわり。重くはないのに、底がある。最後に、かすかな苦みと、雨上がりの粘土のような香りが残る。
ピノ・ノワールが95%。そこに、白葡萄ヴィオニエの果皮が、ほんの少しだけいっしょに漬かっている。房のまま、潰した実と、それぞれ違う日数で醸したものを合わせて、ステンレスタンクで9ヶ月。何も足さず、何も引かずに瓶に詰める。
造ったのは、京都でソムリエをしていた中野雄揮。ニュージーランドの南島、ネルソンの丘で、この赤を仕込んでいる。
ラベルには、花がひとつ。彼のワインには必ず花がある。祖母の生け花から来ているのだという。
この一本の花は、アルストロメリア。南米の花で、いまは世界中の庭で咲いている。

なぜ、『ミナリ』に、この赤なのか
苦みは、根が水を見つけた味がする。
孵化場 — 冷たいうちに
ジェイコブとモニカは、町の孵化場で働く。
段ボールに詰まったヒヨコを一羽ずつ手に取り、尻を見て、雌と雄に分ける。カリフォルニアでも、二人は同じ仕事をしてきた。
建物の裏の煙突から、白い煙が上がっている。
あれは何、とデイヴィッドが聞く。雄は卵を産まないし、おいしくない、とジェイコブは言う。だから捨てられる。
おまえとおれは、役に立たないといけない。
グラスはまだ冷たい。チェリーとざくろが、まっすぐに来る。水のように軽くて、迷いがない。自分で掘った井戸に、はじめて水が上がってきた日のジェイコブと同じくらいに。
彼は水脈探しの男を断って、自分の頭で井戸の場所を決めた。韓国人は頭を使う、と言って。
祖母が来る — ぬるくなってくる
韓国から、モニカの母スンジャがやって来る。
鞄を開けると、唐辛子の粉と、煮干しが出てくる。モニカは、それを抱えて泣く。
それから、花札。そして、小さな袋に入った、ミナリの種。
デイヴィッドは、この人をおばあちゃんだと認めない。クッキーを焼かない。口が悪い。花札で平気でずるをする。韓国の匂いがする、と言って、同じ部屋で寝るのを嫌がる。
スンジャのほうは、気にしない。孫に花札を教え、テレビのプロレスに声を上げ、アメリカの緑色の炭酸、マウンテンデューをすっかり気に入る。
ある日、彼女はデイヴィッドを連れて、森を抜けた川辺へ行く。家から少し離れた、誰も来ない浅瀬。そこに種を播く。
ミナリは、どこでも育つ。雑草みたいに、勝手に。金持ちも貧乏人も、誰でも食べられる。
岩の陰で、蛇が動く。石を投げようとする孫を、スンジャは止める。放っておきなさい。見えているものは、隠れているものより怖くない。
グラスも、このころにはぬるくなっている。果実の角がとれて、奥から、カルダモンのような香辛料が立ちのぼる。唐辛子の粉と煮干しの匂いのする鞄を、はじめて開けたときのように。遠くの台所が、この部屋に入ってくる。
火の夜、それから川辺 — 底のほう
畑の水が、足りなくなる。
ジェイコブの井戸は枯れて、彼は家の水道の水を畑に回す。ある朝、蛇口をひねっても、何も出てこない。モニカと子どもたちの、顔を洗う水まで畑に吸われていた。
スンジャが倒れる。目を覚ましたあと、片方の手がうまく動かず、言葉もゆっくりになる。
一家は、デイヴィッドの心臓を診てもらうために、オクラホマシティの病院へ行く。医者は、穴が小さくなっていると言う。手術はいらない。ジェイコブの野菜にも、ダラスの店から買い手がつく。
その日、オクラホマシティで、モニカは、もう一緒にはやっていけないと言う。
同じ日の夕方、留守番をしていたスンジャは、ゴミを燃やしている。動かない手で、少しでも役に立とうとして。火は、野菜を積んだ納屋に燃え移る。
帰ってきたジェイコブとモニカは、燃える納屋に飛びこむ。箱をひとつ、またひとつ運び出す。やがて、野菜ではなく、互いの腕をつかんで外へ出る。
スンジャは、ひとりで道を歩いていく。どこへ帰るつもりなのかもわからないまま。
デイヴィッドが、走って追いかける。心臓に穴のある子だから走ってはいけないと言われつづけた子が、全力で走って、祖母の前に立ちふさがる。
帰ろう。
その夜、一家は床に布団を並べて、ひとかたまりで眠る。スンジャは、眠る娘と婿と孫たちを、少し離れて見ている。
グラスの赤も、もう底のほうだ。すっかり手の温度になって、最初の冷たさはない。そのかわり、舌の奥に、かすかな苦みと、雨上がりの粘土のような香りが残っている。
澄んだピノ・ノワールなら、世の中にいくらでもある。この一本をこの映画の隣に置くのは、最後に、この苦みが残るからだ。セリを噛んだときの、あの青い苦み。根が、水を見つけた味。
しばらくして、ジェイコブは水脈探しの男を呼ぶ。男は木の枝を持って草原を歩き、ここだ、と立ち止まる。ジェイコブは、その場所に石を置く。
それから、息子と二人で、森を抜けた川辺へ行く。
誰も手入れをしなかった浅瀬に、ミナリが、見たこともないほど茂っている。
おばあちゃんは、いい場所を選んだな、とジェイコブが言う。二人は、手で緑を摘んでいく。

水を探す根
中野雄揮は、京都の料理店でソムリエをしていた。和食に合わせるワインを、毎晩選んでいた人だ。
2015年、ニュージーランド南島の北の端、ネルソンで、ひとりの造り手に出会う。キンデリのアレックス・クレイグヘッド。それが、グラスの向こう側へ回るきっかけになった。キャンティの蔵で働き、翌2016年、ネルソンではじめての収穫に立つ。オーストラリアで、日本で、よその醸造所を借りながら、自分の名前のワインを少しずつ造りはじめた。
2020年、アッパー・ムーテレの丘に、自分の畑を借りる。
樹齢20年ほどのピノ・ノワールが植わった、手入れの止まっていた区画だった。有機認証を申請して、土を調べる。合成された肥料や農薬の痕跡は、どこにもなかった。誰も見ていなかったあいだ、その土は、誰にも何も足されずにいた。
アッパー・ムーテレは、粘土の丘だ。雨を抱えこむ重い土で、彼はこの畑に水を引かない。夏が乾いても、葡萄の根は自分で水を探して、粘土の奥へ、奥へと潜っていく。
グラスの最後に残る、あの湿った土の香りは、その深さから来ている。
蔵の名前、クノウは、母方の家の姓だという。祖母の生け花と、母の家の名前を持って、彼は遠い土地の粘土に根を張っている。

この映画の夜に
セリを、根ごと一束買ってくる。
鍋に鶏の出汁を張り、塩で味をととのえる。根は、ていねいに洗えば、そのまま入れていい。いちばん香りが強いのは、根の近くだ。葉は、食べる直前に。火を止めたところに放りこんで、しんなりする手前で引き上げる。
ボトルは、冷蔵庫で冷やしておく。注ぐ前に、テーブルに少し置く。ひんやりしていて、手に持つと少しずつゆるんでいくくらいが、ちょうどいい。
グラスは、口のすぼまった大きめの赤ワイングラスがあれば。なければ、家でいちばん薄いコップで。
再生する。孵化場の場面で、冷たい一口を。祖母が鞄を開けるころ、香辛料がのぼってくるのを待つ。火の夜まで、グラスの底にひとくちだけ残しておく。
最後の川辺の場面で、鍋のセリをひと箸。それから、残しておいた赤を。
苦みが、苦みに重なる。
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鍋の湯気の向こうで、グラスが空になる。
舌の奥に、かすかな苦みが残っている。
流しの水切りかごには、夕方にほどいたセリの根の土が、まだ少しついている。
Film
ミナリ / Minari 2020 / アメリカ / 115分 監督・脚本: リー・アイザック・チョン 出演: スティーヴン・ユァン, ハン・イェリ, ユン・ヨジョン, アラン・キム, ノエル・ケイト・チョー サンダンス映画祭グランプリ+観客賞 / アカデミー賞6部門ノミネート・助演女優賞(ユン・ヨジョン) 日本公開2021年3月19日
配信
見放題 U-NEXT / WOWOWオンデマンド
レンタル Prime Video / Apple TV Store
2026年9月時点
Wine
Kunoh Wines / Alstroemeria 2021 Pinot Noir 95%, Viognier 5%(ヴィオニエは果皮を共に醸す) 全房・破砕を併用し、醸し期間を分けて仕込み / ステンレスタンク9ヶ月 ゼロゼロ醸造(無濾過・無清澄・亜硫酸無添加)/ 樹齢20年・有機認証・ドライファーミング Upper Moutere, Nelson, New Zealand



