
夕方、外はまだ明るい。
冷蔵庫から出した赤を、小さなグラスに注ぐ。湯呑みくらいの大きさでいい。澄んだ紅色の向こうに、窓の外の緑が透けて見える。
鼻を近づける。いちごジャム。それから、ブルーベリー。甘く熟れた果実の匂いが、冷たいまま立ちのぼってくる。
一口。軽い。拍子抜けするほど軽い。するりと喉を通っていく。
1974年の夏、東京・豊島区の古い家の庭で、94歳の男が地面に顔を寄せている。
切り株の上を、蟻が歩いている。男は、まばたきもしない。
長い。びっくりするほど長い。
画家の熊谷守一。映画は、彼をモリと呼ぶ。この30年、ほとんど家の外へ出ていない。30坪ほどの庭の、虫や草や石を見て、描いて暮らしている。
庭の奥の池まで出かけるだけの夫に、妻の秀子が、気をつけて、と声をかける。
蟻は、左の二番目の足から歩き出す。そういうことを、この人は知っている。
グラスを置いて、もう一度鼻を寄せる。さっきの果実の後ろに、何かがいる気がする。
まだ、名前はつけなくていい。

一杯の肖像
色は、澄んだ紅。光にかざすと、グラスの向こうが見える。
香りは、いちごジャムとブルーベリー。甘く熟れた果実が、まず鼻をいっぱいにする。
口に含むと、果実味は驚くほど豊かだ。それなのに、重くない。酸はあくまで穏やかで、タンニンもほとんど感じない。柔らかく丸いものが口の中をひとまわりして、するりと喉へ抜けていく。
飲み込んだあとに、ほんのりハーブの爽やかさが残る。甘い果実の奥に、一筋だけ青いものがある。それが、この優しい赤に奥行きをつけている。
樽は使っていない。ステンレスタンクで24ヶ月。木の香りを足さなかったぶん、葡萄の果実がそのまま、まっすぐに届く。
葡萄を育てたのは、山形県高畠町の菅野さん一家。菅野忠男さんは、約50年この畑に立ってきた。「子の葡萄達は、わしらぁにとっては、ほんと子供のようだから」。剪定は昔ながらの自然型X字。樹の形に逆らわず、葡萄に無理を押し付けない。
醸したのは、三重県名張市の山あいにある國津果實酒醸造所。醸造家・中子具紀さんの信念は「葡萄8割、人2割」。だからラベルには、自分の名前ではなく、葡萄農家の名前を掲げる。
ラベルに書いていないものが、ひとつある。品種だ。品種による先入観なく味わってほしい、と造り手は言う。
名前で選ぶワインではない。見て、嗅いで、口に含んで、自分で知っていくワインだ。

なぜ、『モリのいる場所』に菅野 紅なのか
長く見ていた人にだけ、見えてくるものがある。
朝の庭 — 冷たいうちに
モリの一日は、庭の探検から始まる。
杖をついて、ゆっくり出ていく。草のあいだを抜け、石の前で立ち止まり、また歩く。知り尽くした庭のはずなのに、毎朝、はじめて来た場所のように歩く。
庭の奥には、深い穴の底に小さな池がある。30年前、モリが自分で掘ったものだ。
蟻の前で身をかがめる。蝶を目で追う。池の魚を覗き込む。疲れたら、昼寝をする。
冷えているうちのグラスは、この朝の庭によく似ている。いちごジャムとブルーベリーが、まっすぐに来る。明るくて、軽くて、迷いがない。ひんやりした空気のまま、喉を抜けていく。
昼の縁側 — ぬるんでくる
家には、客が絶えない。
写真家が、庭のモリを追いかけてくる。旅館の主人が、看板の字を書いてほしいと頼みに来る。モリは頼まれた宿の名前ではなく、「無一物」と書いてしまう。何も持たない、という意味の三文字だ。
電話が鳴る。文化勲章を贈りたい、という知らせだ。モリは、あっさり断る。これ以上人が来てくれては困る、と。居合わせた客たちがのけぞって、天井からは、なぜか金だらいが落ちてくる。
52年連れ添った秀子は、それを止めない。客に茶を出し、夫の一日を、黙って回していく。
名誉を断った人の名前が、いまは映画の題になっている。
50年、名もなく葡萄を世話した人の名前が、いまはワインのラベルになっている。
名前を辞した人と、名前を贈られた人。向きは逆でも、起きたことは同じだ。仕事そのものしかなかった場所に、あとから名前がやってきた。
グラスの赤も、このころにはぬるんでいる。冷たさがほどけると、果実がふくらむ。驚くほど豊かな果実味が、丸く、柔らかく、口の中に広がる。縁側の午後と同じで、どこにも角がない。
夜の学校 — グラスの底に
隣の空き地では、マンションの工事が進んでいる。建てば、庭に日が当たらなくなる。池にも、光が届かなくなる。
モリは、30年かけて掘った池を埋めることに決める。
夜、池の穴のそばに、見知らぬ男が現れる。ここは宇宙につながっている、一緒に行かないか、と誘う。
モリは断る。自分がいなくなったら、母ちゃんが探して、疲れるから。
秀子と碁を打ちながら、モリが聞く。人生がもう一回あったら、どうする。
いやですよ、疲れるから、と秀子は言う。
モリは、自分はもっと生きたい、と言う。生きるのが好きなんだ。
夜になると、モリは「学校」へ行く。アトリエのことを、この人はそう呼んだ。昼間に見た庭を、夜の学校で描く。
グラスも、もう底のほうだ。すっかり手の温度になって、最初の冷たさはない。
そのかわり、飲み込んだあとに、ハーブの青さがほんのり残る。庭の草を指でつぶしたときのような、爽やかな一筋。冷えているうちは、甘い果実の陰に隠れていたものだ。
甘くて軽い赤なら、世の中にいくらでもある。この一本をこの映画の隣に置くのは、果実の奥に、この一筋が隠れているからだ。蟻がどの足から歩き出すかと同じで、長く見ていた人にだけ、見えてくる。
映画の終わり、建ったばかりのマンションの屋上から、写真家が庭を見下ろしている。茂った緑のどこかに、モリがいるはずだ。
家の中から、お客さんですよ、と呼ぶ声がする。庭の一日は、まだ続いている。

高畠の棚から、名張の教室へ
山形県高畠町。置賜盆地の東の端、「まほろばの里」と呼ばれる果樹の土地だ。
夏の昼は暑く、夜になると山の冷気が下りてくる。この寒暖差が、あの熟れた果実の甘さと、穏やかな酸の両方を葡萄に仕込む。
菅野さんの棚では、古い樹がX字に枝を広げている。自然型X字剪定は、見ることから始まる仕事だ。この枝はどちらへ伸びたいのか。この樹は今年、どれくらい実をつけたがっているのか。鋏を入れる前に、まず樹を見る。
デラウェアの産地として知られる土地だが、菅野さんの棚に何が下がっているかは、内緒である。
2022年、菅野さん夫妻は畑を退き、息子の忠司さんが後を継いだ。このボトルの葡萄は、その年の実りだ。50年見守られてきた樹が、次の手に渡った年の紅色。
摘まれた葡萄は、三重県名張市の山あいへ向かう。奈良県境に近い、国津の里だ。
2018年、廃校になった旧国津小学校が、ワイナリーになった。職員室だった部屋に、醸造の道具が並ぶ。朝の放送が流れていた放送室に、タンクが置かれている。子どもの声が消えた校舎に、発酵の音が戻ってきた。
モリが毎晩通った「学校」は、庭で見たものを紙へ運ぶ場所だった。
この学校も、同じ仕事をしている。畑でほとんどが決まっているのだから、醸造所の仕事は、それを損なわずに瓶へ運ぶこと。葡萄8割、人2割。

この映画の夜に
平日の夜でいい。
夕飯の支度をしながら、ボトルを冷蔵庫から出しておく。ほんのり冷たさが残るくらいが、ちょうどいい。
グラスは、小ぶりなもので。湯呑みの隣に置いて、少しも浮かないワインだ。
ちゃぶ台に、肉じゃが。きのこの炊き込みご飯。焼き海苔。昭和の家の、いつもの夕飯。甘辛く煮た肉じゃがに、甘く熟れた果実がそっと寄り添う。
再生する。冷たいうちは、朝の庭を一緒に歩く。縁側に客が来るころには、果実が丸くふくらんでいる。夜の場面まで、ひとくちだけ残しておく。
映画は99分。アルコールは10%ほど。モリと秀子のように二人で一本を分けても、翌朝に重さは残らない。モリが学校へ向かうころ、ボトルはちょうど空になる。
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グラスの底に、草の匂いがひと筋残っている。
最初の一口では、わからなかったものだ。
蟻は、左の二番目の足から歩き出す。
Film
モリのいる場所 / Mori, The Artist's Habitat 2018 / 日本 / 99分 監督・脚本: 沖田修一 出演: 山﨑努, 樹木希林, 加瀬亮, 吉村界人, 光石研, 青木崇高, 三上博史
配信
レンタル Prime Video / Apple TV Store / Google Play Movies
2026年9月時点 · JustWatch
Wine
國津果實酒醸造所 / 菅野 紅 2022 山形県高畠町・菅野さんの葡萄100%(品種は生産者の意向で非公開) 野生酵母 / セミ・マセラシオン・カルボニック / ステンレス24ヶ月・樽不使用 / Alc 10% 三重県名張市(旧国津小学校)



